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御山神社 (津幡町下河合)

カテゴリ:津幡町 [2009年11月24日 19時00分]
1 情報
kawaidanioyama1
No.462
名称御山(おやま)神社
場所河北郡津幡町字下河合ツ60
祭神伊邪那美命・宇迦之御魂命・伊波比主命・天照大神・応神天皇・誉田別命
創立年天正年間以前に三国山に鎮座、戦乱で焼失し奥村永福によって現地に移転
合祀明治40年に近隣6社(御山社、神明社、白山社、八幡社、伯耆社、稲荷社)
が合併して御山神社と改称
社格惣社(近隣5ヶ村)、村社
境内社
文化財等県指定 〔天然記念物〕 御山神社社叢 H2.3.22
規模中規模
例祭9月15日
参拝月2009.10
紋章juurokugiku monsyou鳥居に
参考文献石川県神社庁HP内 御山神社
現地の石版「御山神社御由緒」瀬戸博夫H6.9.10


2 雑感

おすすめ度☆
 県指定天然記念物の社叢が背後にある。人里から少し離れたところにあって、一人で行くと不気味な思いをする。行った日は曇りで風が強く、社叢が風で揺れて大きな音を立てていた。ここは津幡でも端にあたる河合谷という集落で、もともとは能登に属していたが、なぜか津幡に合併されている。ここから更に山を登ると三国山山頂に着くのだが、昔は三国山が加賀・能登・越中の境目だった。

 境内の石版によると、当社は江戸時代には近隣5ヶ村の惣社として、赤倉山権現の名で崇拝されていたという。どうして赤倉山権現と呼んだのだろうか。赤倉山といったら、同名の神社に赤倉神社 (七尾市三引町)新宮赤蔵社 (宝達志水町新宮)がある。昔は山の上にある神社には赤倉山権現という神様が共通して宿っていると考えられていたのだろうか?

 境内に猫がいたが、ここは人家から相当離れているので、どうやって食料を調達していたのか不思議だった。

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 参道。

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 拝殿。

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 社叢。
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甲斐崎神社 (津幡町大熊)

カテゴリ:津幡町 [2009年11月23日 21時03分]
1 情報
ookumakaizaki1
No.461
名称甲斐崎神社
場所河北郡津幡町大熊ト6
祭神健御名方命・八阪刀売命・誉田別尊・大禍津日命
創立年不詳
合祀諏訪神社(M36)
社格村社(M6)
境内社
文化財等県指定 〔天然記念物〕 甲斐崎神社社叢アカガシ林 H5.8.25
規模大規模
例祭 
紋章yuukikaihen monsyou拝殿屋根瓦に
参拝月2009.10
参考文献石川県神社庁HP内 甲斐崎神社
石川県HP内 文化財のページ


2 雑感

おすすめ度☆+
 津幡町の東部、三国山近くの山地にあって、社叢が県指定天然記念物。かなり細い道を通らないと行けず見つけにくい。社叢が深く人気のないところなので一人で行くと多少不気味な思いをする。ただし、さすがに社叢の規模は優れていると思う。

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 参道入り口。

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 参道中ほど。

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 拝殿。
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清水八幡神社 (津幡町清水)

カテゴリ:津幡町 [2009年10月13日 20時48分]
1 情報
simizusimizuhatiman1
No.434
名称清水八幡神社
場所河北郡津幡町清水リ115
祭神吾田鹿葦津姫命・市姫神・応神天皇・大己貴命・建御名方神
創立年神亀元年(724年)
社格式内社論社(笠野神社)、村社(M5)
境内社
文化財等町指定文化財 冷泉為広塚
規模小規模
例祭9月15日
紋章現地で確認できず
参拝月2009.10
参考文献石川県神社庁HP内 清水八幡神社
『石川県神社誌』259頁 石川県神社庁・編かつ発行/昭和51年


2 雑感

おすすめ度☆
 式内笠野神社の論社で、津幡町の旧中心地、清水にある。かつてはここらへんに役場があって、横にはショッピングセンター「スカール」があり、津幡町の中心地だった。しかし役場も移転し、スカールも潰れて、現在では周辺部になった。境内に冷泉為広塚あり、と書いてあるが、現在では塚はすぐ横の小学校の敷地内に移転している。小規模ながら木がある程度茂っており雰囲気は良い。

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 境内。

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 拝殿。

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 すぐ近くの公園。若者がスケートボードの練習をしていた。
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笠野神社 (津幡町笠池ヶ原)

カテゴリ:津幡町 [2009年02月09日 19時00分]
1 情報
kasaikekasano1
No.274
名称笠野神社
場所河北郡津幡町笠池ヶ原
祭神手力雄命
創立年不詳
社格式内社(笠野神社)論社、惣社(笠野一郷/『石川県神社誌』)、村社、神饌幣帛料供進神社(M41)
境内社 
文化財等 
規模小規模
例祭4月2日
参拝月2009.2
参考文献『津幡町史』p442津幡町史編纂委員会編・石川県津幡町役場発行S49
『石川県河北郡誌』p797日置謙編・石川県河北郡役所発行T9
石川県神社誌』p246石川県神社庁編集・発行S51


2 雑感

 津幡町にある、笠野神社論社。かなり山の方にあり、斜面に建つ。

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 鳥居。

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 社殿。

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 木。
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五社権現 (津幡町倶利伽羅)

カテゴリ:津幡町 [2009年02月06日 21時40分]
1 情報
gosyagongen1
No.273
名称五社権現
場所河北郡津幡町倶利伽羅
祭神 
創立年延宝5年(1677年)
社格---
境内社 
文化財等町指定文化財 倶利伽羅権現石殿
規模小規模
例祭 
参拝月2009.2
参考文献境内の掲示板『倶利伽羅権現石殿』津幡町教育委員会、設置年月記載無し
『津幡町史』p448津幡町史編纂委員会編・石川県津幡町役場発行S49


2 雑感

おすすめ度 ☆+
 倶利伽羅の山頂にある神社。神社かな?
 前田綱紀が4社を建立。しかし、名前は五社権現。あと1社は手向神社なのか?手向神社のすぐ横にある。
 ながめはよい。

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 鳥居。

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 階段。

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 景色。

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 景色2。
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手向神社 (津幡町倶利伽羅)

カテゴリ:津幡町 [2009年02月06日 21時25分]
1 情報
tamuke1
No.272
名称手向(たむけ)神社
場所河北郡津幡町倶利伽羅
祭神素戔嗚尊、神功皇后
創立年養老2年(718年)
社格国史現在社、郷社
境内社 
文化財等町指定文化財 手向神社石堂神殿
規模小規模
例祭4月18日
参拝月2009.2
参考文献境内の立て札『手向神社石堂神殿』津幡町教育委員会、設置年月記載無し
『津幡町史』p446津幡町史編纂委員会編・石川県津幡町役場発行S49
『石川県河北郡誌』p736日置謙編・石川県河北郡役所発行T9
石川県神社誌』p244石川県神社庁編集・発行S51


2 雑感

 河北郡で2社しかない郷社のひとつ。天竺から来た僧侶が創祀したという。本当だろうか?
 山の頂上みたいなところにあって、たどり着くの大変。横は寺。

tamuke2
 社殿。

tamuke3
 観音がいる手水場。横が寺だから?

tamuke4
 参道。
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笠野神社 (津幡町刈安)

カテゴリ:津幡町 [2009年02月06日 21時14分]
1 情報
kariyasukasano1
No.271
名称笠野神社
場所河北郡津幡町刈安
祭神笠忍姫命
創立年不詳
社格式内社(笠野、野蚊、野蛟神社のいずれか)論社、惣社(河村郷/『石川県神社誌』)、村社
境内社 
文化財等 
規模中規模
例祭4月18日
参拝月2009.2
参考文献『津幡町史』p452津幡町史編纂委員会編・石川県津幡町役場発行S49
『石川県河北郡誌』p740日置謙編・石川県河北郡役所発行T9
石川県神社誌』p261石川県神社庁編集・発行S51


2 雑感

おすすめ度☆+
 津幡でも山のほうにある神社。かつてはもっと社地が広大だったが、線路によって分割されたという。参道の雰囲気はかなり良い。

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 鳥居。

kariyasukasano3
 社殿。

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 狛犬。

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 参道。
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三輪神社 (津幡町北中条)

カテゴリ:津幡町 [2008年12月01日 22時57分]
1 情報
miwa 

No.96

名称三輪神社
場所河北郡津幡町字北中条サのニの2
祭神大物主神・他多数
創立年承和3年
社格村社・式内社
摂末社 
文化財等 
規模中規模
調査月2008.11
参考文献『石川県神社誌』石川県神社庁編集・発行S51


2 雑感

おすすめ度☆
 津幡駅の裏手の山の中にある神社。式内社だそうです。式内社といっても式内小社とかなんとかいろいろ分類ある。そのうちのどれに該当するか調べるのを失念。
 歴史がふるいだけあって樹木は良。境内には地蔵や「龍神之池」という池もあった。それが、龍神の池は小さかった。だいぶちいさく、個人の庭で金魚を飼う程度の池しかない。どういう由来でしょう。そんな小さな池に竜神様が住んでたのか?それとも龍神が涙を落とした地に泉が湧いた以後それを龍神之池と皆人称す。とかいう由来があるのか?
 他に境内には地蔵もあった。

miwa4
社殿。

miwa3
龍神の池。

miwa2
境内。
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t

Author:t
男性。詳しくは自己紹介で。
mixiの所在
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