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天日陰比神社 (中能登町二宮)

カテゴリ:中能登町 [2010年06月02日 21時49分]
1 情報 
ninomiyahikagekai2
石川No.226
名称天日陰比(あめひかげひめ)神社
場所鹿島郡中能登町二宮
祭神屋船久久能智命・大己貴命・応神天皇
創立年崇神天皇の御世(紀元前97~紀元前29年)
合祀
社格式内社、能登国二ノ宮(建長4年4月)、惣社(近隣郷18ヶ村/境内の石版)、郷社
境内社 
文化財等○中能登町指定 〔天然記念物〕 楓
規模中規模
例祭6月15日
紋章ninomiyaamehikagemon 銅馬に
参拝月2009.1
2010.2
参考文献境内の石版『天日陰比神社御由緒書』船木清史・設置年月記載無し
石川県神社誌』357頁 石川県神社庁編集・発行S51

2010.6 写真差し替え

2 雑感

個人的感興☆
 境内の石版によると、鎌倉時代に能登二ノ宮に任命されたという。そういえば地名も二宮だが。天日陰比という神を祭っているのかと思ったが、違った。

2010.6
 もともと伊須流岐比古神社 (中能登町石動山)の下社らしい。→天日陰比神

ninomiyahikagekai2
 でかい木

ninomiyahikagekai3
 社殿

ninomiyahikagekai4
 シダ的ななにか
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鎌宮諏訪神社 (中能登町金丸)

カテゴリ:中能登町 [2010年03月26日 21時41分]
1 情報
kamanomiyasuwa1
No.517
名称鎌宮諏訪神社
場所鹿島郡中能登町金丸
祭神建御名方命
創立年 
合祀宿那彦神像石神社 (中能登町金丸)に合祀された(M41)
社格 
境内社
文化財等石川県指定 〔無形民俗文化財〕 能登の諏訪祭りの鎌打ち神事 H4.10.9
中能登町指定 〔天然記念物〕 鎌の宮神木
規模中規模
例祭8月27日
紋章kamanomiyamon境内に打ち捨てられていた瓦に
参拝月2010.2
参考文献石川県神社庁HP内 宿那彦神像石神社
境内の石板「鎌の宮神木」鹿西町教育委員会、設置年月記載なし
石川県HP内 民俗文化財

※ 石川県神社庁HPに項目なし

2 雑感

お勧め度☆☆
 県指定民俗文化財の、木に鎌を打ち込む祭りをやっている。中能登町の西端にあり、入り組んだところで見つけにくい。木に鎌が打ち込まれていて変なので、見る価値はある。

kamanomiyasuwa2
 鎌。

kamanomiyasuwa3
 鎌。

kamanomiyasuwa4
 まわり。
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冠塚 (中能登町能登部上)

カテゴリ:中能登町 [2010年03月01日 18時40分]
1 情報
notobekanmuri1
No.517
名称冠塚
場所中能登町能登部上
祭神大入杵命
創立年 
合祀 
社格 
境内社
文化財等 
規模中規模
例祭 
紋章現地で確認できず
参拝月2010.2
参考文献現地の石板「御由来」著者、設置年月記載なし

※ 石川県神社庁HPに項目なし

2 雑感

 崇神天皇の御子で、当地に下向して殖産興業の道を拓いた大入杵命が薨じた際に、その冠を埋めた場所に立てた塚だという。遺骸は親王塚古墳に埋めたというが、本当だろうか。ちょっと調べればそこらのことはわかりそうだが、面倒なので調べない。能登部神社 (中能登町能登部上)に関連する史跡。

notobekanmuri2
 塚。

notobekanmuri3
 橋。

notobekanmuri4
 まわり。

notobekanmuri5
 まわり。
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鳥屋比古神社 (中能登町春木)

カテゴリ:中能登町 [2010年02月24日 19時00分]
1 情報
toriyahikokai1
toriyabiko1
No.225
名称鳥屋比古神社
場所鹿島郡中能登町春木
祭神鳥屋比古神 ほか6柱
創立年不詳だが崇神天皇の御世(紀元前97~紀元前29年)か?
合祀 
社格式内社、惣社(一青の庄18村/『石川県神社誌』)、郷社、神饌幣帛料供進神社(M41)
境内社鳥屋招魂社
文化財等 
規模中規模
例祭7月31日
紋章toriyahikomon境内の石板に
参拝月2009.1
2010.2
参考文献境内の石版『鳥屋比古神社御由緒』著者・設置年月記載無し
石川県神社誌』358頁 石川県神社庁編集・発行S51

2010.2 写真差し替え
cf.→ 鳥屋比古神

2 雑感

 旧鳥屋町にある神社。鳥屋比古の神とは、かつての豪族の守り神であろうか。保育所の横にあった。

2010.2
 『鳥屋町の史跡と文化財』によると、トリヤヒコが鳥と関係があるというのは間違いであって、もとはトヤヒコといい、トヤ(万葉集のときの言葉で「平原」の意味)のヒコ(男)、という意味であるという。トヤに鳥屋という漢字をあてたために、鳥と関係があるかのような誤解がなされた、と書かれていた。

toriyahikokai2
 参道。

toriyahikokai3
 社殿。

toriyahikokai4
 土俵あり。
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能登部神社 (中能登町能登部上)

カテゴリ:中能登町 [2010年02月24日 19時00分]
1 情報
notobekai1
2010.2
notobe1
2009.1
No.223
名称能登部神社
場所鹿島郡中能登町能登部上
祭神能登比古神・大入杵命
創立年 
合祀 
社格式内社、県社(S7)
境内社 
文化財等いろいろ
規模中規模
例祭11月20日
紋章notobemon社号標に
参拝月2009.1
2010.2
参考文献境内の石版『御由緒』著者・設置年月記載無し
石川県神社誌』355頁 石川県神社庁編集・発行S51

2010.2 写真差し替え

2 雑感
 
 山を背にした住宅街の中の、坂道にある神社。能登生國玉比古神社論社。

2010.2
 旧鹿西町にあって、鹿西町指定文化財を能登姫神社と二分したほどの神社。前田家とゆかりがあるらしい。

notobekai3
 神門。

notobekai4
 境内。

notobekai5
 拝殿。
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久氐比古神社 (中能登町久江)

カテゴリ:中能登町 [2010年02月24日 19時00分]
1 情報
kutehikotest
No.222
名称久氐比古(くてひこ)神社
場所鹿島郡中能登町久江
祭神久延毘古神・愛宕神・天目一箇神
創立年不詳
合祀 
社格式内社、県社(M31)
境内社 
文化財等 
規模中規模
例祭7月5日
紋章kutehikomon1 kutehikomon2狛犬の台座に
参拝月2009.1
2010.2
参考文献境内の石版『久氐比古神社由緒書』今井久元、設置年月記載無し
石川県神社誌』124頁 石川県神社庁編集・発行S51

2010.2 写真差し替え

2 雑感

 名前が変わっている式内社。久延毘古神はカカシの姿をした神。山や田について物知りだという事。小学校の横だった。

kutehikotest2
 拝殿。

kutehikotest3
 狛犬1。

kutehikotest4
 まわり。
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不動滝 (中能登町井田)

カテゴリ:中能登町 [2009年12月08日 19時00分]
1 情報
hudoutaki1
No.470
名称不動滝
場所鹿島郡中能登町井田56部152
祭神不動明王?
創立年700年ごろ、泰澄が開いたといわれる
合祀 
社格 
境内社 
文化財等中能登町指定 〔名勝〕 不動滝 S33
規模小規模
例祭7月5日に滝開き
紋章現地で確認できず
参拝月2009.10
参考文献現地の立て札「不動滝のいわれ」鹿島町H11.3


2 雑感

 熊野神社 (中能登町井田)からちょっと行ったところにある。現在では不動明王を祀っており、仏教系の施設に見える。泰澄が開いたという伝説があり、昔は熊野滝といわれ、石動山修験者の荒行の場として栄えたというから、神道ともかなり関係があるようだ。そのため数に入れた。補修工事をしていたので雰囲気はよくなかった。工事が終わればもっとよくなるはず。

hudoutaki2
 滝。工事中の人が写った。

hudoutaki3
 高いところで作業をしている。

hudoutaki4
 トラック。
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熊野神社 (中能登町井田)

カテゴリ:中能登町 [2009年11月03日 21時42分]
1 情報
idakumano1
No.458
名称熊野神社
場所鹿島郡中能登町井田86-34
祭神伊弉冊命・速玉男命・事解男命 など計5柱
創立年崇神天皇の御世、四道将軍の一人、大毘古命が勧請 (紀元前88年頃?)
社格 
境内社
文化財等 
規模中規模
例祭7月5日
紋章kiri monsyou社号標に
参拝月2009.10
参考文献石川県神社庁HP内 熊野神社
境内の石版「熊野神社御由緒書」著者、設置年月記載なし


2 雑感

おすすめ度☆+
 アルプラザ鹿島の近く、山を背にしたところにある。『能登名跡志』のどこかで、椎葉円比神社 (羽咋市柴垣町)と並んで雰囲気の良い神社として、鹿島の熊野神社が挙げられていたが、ここのことだろうか。または近くの不動滝を指していたのかも知れない。参道に大量の杉が植わっていて雰囲気は良いが、なぜかどの杉も若く、あまり太くない。せいぜい樹齢数十年にしか見えない。一度伐採したのだろうか。

 境内の石版によると、四道将軍の一人、大毘古命が創設したという。四道将軍とは、ヤマト政権が地方を征圧するために派遣した四人の皇族将軍のことで、大毘古命(大彦命)は北陸道を制圧したという。記紀の記述によれば、大毘古命が派遣されたのは崇神天皇10年(紀元前88年)だが、これが事実かどうか疑わしい。崇神天皇が実在するとしても、3、4世紀の人物である、という説もある。

idakumano2
 参道1。

idakumano3
 参道2。

idakumano4
 社殿が見えた。

idakumano5
 わりと立派な拝殿。
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t

Author:t
男性。詳しくは自己紹介で。
mixiの所在
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