越前・若狭 式内社 終

カテゴリ:福井県の神社 [2010年05月31日 21時26分]
 越前・若狭の式内社を170ほどまわり、ほぼまわり終えた。参拝が困難な数社と美山町の2社はまわっていないが、できうるかぎりはすべてまわったといってよい。加賀・能登に比べて60社ほど多いのではないか。多少手強かったがもう終わったことなので問題はない。

 まわってみて思ったこととしては、嶺南(敦賀以南)と嶺北(南越前町以北)で社殿の様式が違うということがまずひとつ。境界線は敦賀市である。また、能登と比べるとそれほど論社が錯綜していないのも特徴といえる。それと、越前の式内社は多いがかなりの数が気比神宮・大虫神社・常宮神社・大塩八幡宮などに合祀されており、延喜式の座数より、まわる数は少なくてよい。

 景観に優れるのは大湊神社・雄島 (坂井市三国町安島)三國神社 (坂井市三国町山王)若狭彦神社 (小浜市遠敷)あたりである。ただ、わざわざそれを見るためだけに県外から訪れるべきだとは思わない。今までまわった中で一番よかったのは平泉寺白山神社 (勝山市平泉寺町平泉寺)で、これは式内社ではないが景観のよさは他と隔絶している。

 石川には名神大社が気多大社1社しかないが、福井には4社(ワカサヒコ、ウワセ、ケヒ、オオムシ)ある。ただ、今それらが大社かというとそうでもない。総括として、今のところ福井の神社の景観の平均レベルは石川と同程度と思われる。ただし、平泉寺白山神社は群を抜いている。

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 ただ、式内社をまわったからといって偉くなったわけではなく、学問的価値は全く無い。ラーメンマニアがラーメン店をめぐったのと同程度の価値しかない。常にそのように、自分の行動は無価値であること、ものを集めるのは病的であること、遠からず死ぬことを思い起こして、戒めとし続けなければならない。見る目のない収集は徒労で、見返りのない収集は自傷的といえる。

 式内社・県社郷社をまわりおえた次は、文化財所有神社をまわる必要がある。これは天然記念物・史跡・建造物を所有するもののみまわる。なぜなら、古文書や彫刻は社殿の奥にしまわれていて、どうせ見られないからである。また無形民俗文化財は開催の時期が決まっていて気軽に行けないので行かない。
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舟津神社 (鯖江市舟津町)

カテゴリ:鯖江市 [2010年05月31日 09時55分]
1 情報
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福井No.51
名称舟津神社
場所福井県鯖江市舟津町1-3-5
祭神大彦命・猿田彦命・孝元天皇・素佐鳴雄命
創立年成務天皇4年(134年)
合祀
社格式内社(越前國・今立郡・丹津神社)・県社(M8.5)
境内社八幡神社ほか総計12社
文化財等○国指定 王山古墳群
○福井県指定 木造両部鳥居
○〃 木造赤鳥居
×〃 本殿
規模中規模
例祭9月20日
参拝月2010.4
紋章sabaehunatumon三光 境内入口に
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』439頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』331頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆
 延喜式に丹津(ニツ)神社とあるが、これは舟津の書き間違いらしい。鯖江市街地にあるが社叢が深くかなり雰囲気が良い。四道将軍と関係があるともいう。→熊野神社 (中能登町井田)

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 参道

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 赤鳥居

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 拝殿
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武生+今立=越前市 終、座右の銘

カテゴリ:身辺雑記 [2010年05月30日 21時44分]
 武生市+今立町の式内社・県社郷社を27ほどまわった。11時から始めて5時に終わったので、300分で27社、1社10分ちょっとか? これであと県内で残っているのは越前町と美山町・清水町で、計20社ほどだと思う。

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 あと、最近身近で、座右の銘についての話が出たのでそれについて書きます。座右の銘というと人によって違いがありますが、どちらかというと前向きなことを書くのが多いのではないでしょうか。自分は、

 人間本来無一物 
 砕けた足も追われた職も 所詮此の世の塵芥


 と書いた。これは「おしどり右京捕物車」という時代劇の冒頭ナレーションで、この後に、

 江戸は涙の吹き溜まり
 死んだ子供と花いちもんめ 花いちもんめで何を買う?
 風に晒した生きざまひとつ
 おしどり血車 下請け与力
 押して押されぬ横車  (作:池田雅延、参考URL:はてなキーワード)

 と続く。前向きなことを書く人間は、世の中には救いようのない人間がいて、決して前向きになれないという事実を捕えきれていないように思う。いかなる慈善事業によっても、世の中に多くある悲惨事は決して減りはしないというのはヒルティの言葉ですが、

 本当に救いようの無い人間を救うのは
 生身の人間では無理


 を座右の銘として書いてもよかった。ほかに、チョールヌィイ・オリョールセヴェロドヴィンスクアドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフモックルカールヴィなどを座右の銘として書いてもよかった。外来語は耳触りがよく、みんな大して意味を詮索せずに適当に使っており、わけのわからない外国語を多用する人間に畏敬の念を抱く者すら居る。そのため、座右の銘に響きがかっこいい外国語を適当に用いても、問題はない。

 このウェブログは膨大な労力を投じているのにアクセス数が少なく、直接の知り合いは誰も見ていないのでかなり適当なことを書いています。直接の知り合いがこの記事を見ていたら記念にコメント書いてください。
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八幡神社 (七尾市八幡町)

カテゴリ:七尾市 [2010年05月30日 19時54分]
1 情報
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石川No.160
名称八幡(やはた)神社
場所七尾市八幡町
祭神息長足姫命・誉田別命・比め大神・手力男命
創立年清和天皇の御宇(858~876年)
合祀
社格惣社(当国八幡の総社)、郷社(M16)
境内社
文化財等 
規模中規模
例祭4月15日
紋章nanaohatimansoujamon2 nanaoharimansoujamon1
参拝月2009.1
2010.2
参考文献『石川県神社誌』337頁  石川県神社庁編集・発行S51
境内の石版『八幡神社御由緒』著者・設置年月は記載なし

2010.5 写真差し替え

2 雑感

個人的感興☆+
 自動車学校の傍、かつJR七尾線の傍にある神社。参道は両側を背の高い杉にかこまれ、良い雰囲気。社殿に到達すると世間から隔絶した感がある。名前は「はちまん」ではなくて「やはた」なので注意。

 かつて当国八幡の惣社というが、どういうことか。能登の全ての八幡神社の元締めだったのかな?

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 よい参道

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 社殿

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 線路前
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佐佳枝廼社 (福井市大手)

カテゴリ:福井市 [2010年05月30日 09時16分]
1 情報
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福井No.50
名称佐佳枝廼社(さかえのやしろ)
場所福井県福井市大手3丁目12-3
祭神松平秀康公・松平慶永公・徳川家康公・
土屋左馬助正明命・吉田修理義寛命・永見右衛門長次命
創立年明治6年(1873年)創立、明治29年(1896年)現地に遷座
合祀徳川家康公を合祀(M7)、松平慶永公を合祀(M24.11.11)、
秀康公に殉死した家臣・土屋左馬助正明命、永見右衛門長次命、
福井城築造総督・吉田修理義寛命を合祀
社格県社(M14.3.29)、神饌幣帛料供進神社(M41.3.29)
境内社栄稲荷神社
文化財等
規模中規模
例祭5月3日
紋章sakaenoyasiromon丸に三葵 拝殿に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』113頁 福井県神社庁 編集・発行H6
HP 佐佳枝廼社


2 雑感

個人的感興☆+
 福井駅そばにある。空襲と戦後の震災によって焼失したが、都市計画の中心として再建された。平成4年に社殿を新築している。都市部にある神社はあまり感心しないが、周囲の白を基調としたビル群とある程度調和しており、都市部の神社としては均整が取れた印象があった。神社で大切なのは抑制で、宣伝を前面に押し出すとありがたみが薄れる。

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 境内

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 拝殿

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 まわり
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南越前町 終

カテゴリ:福井県の神社 [2010年05月30日 00時55分]
 昨日は南越前町の県社郷社式内社をまわってきた。県社の杣山神社の所在がいまいち不明だった。現地に行くと県社にしてはごく小さい神社しかなく、県社杣山神社と書かれた社号標が少し離れた所に立っていた。もしかすると同名の神社が二つあるのかも知れないと思い、探してみたが見つからなかった。

 昼は道沿いの蕎麦屋でたぬきそばを食べた。観光客相手の商売の常として高めの値段だった。昼食ののち、白髭・新羅に行くが、新羅の社号標は藤島神社宮司の揮毫だった。また、両社とも郷社で、ごく狭い範囲に2つもあるのは変わっている。

 今庄町から河野村に抜ける道は、電気が点灯していないトンネルか山上の林道しかなかったので、林道を選ぶ。8号線で武生に行き、名神大社大虫神社を見るが、現在ではそれほどの大社ではない。今立町の岡太(おかもと)神社を見たが、割と立派だった。

 次は越前市(武生市+今立町)をまわる。ここが県内でも屈指の式内社密集地帯で、式内・県郷社をすべて合わせて30社まわらねばならない。式内社が多いのは国府があったからだろうか。越前市と越前町をまわれば、多少取りこぼしはあるが県内全域の式内社をほぼまわったことになる。

 ただ、式内社をまわるのは学問的にも社会的にも意味の無い行為なので、他人に推奨はできない。むしろ、そんなことをしてはいけないという助言はできる。収集や物事への固執が人間性を高めることはなく、かえって偏狭さを増し破局へと近づくのでものは集めない方がよい。

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 岡太神社付近
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鹿蒜田口神社 (南越前町新道)

カテゴリ:南越前町 [2010年05月30日 00時41分]
1 情報
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福井No.49
名称鹿蒜田口(かひるたぐち)神社
場所福井県南条郡南越前町新道11-1
祭神誉田別尊・大山祇尊・大山咋尊
創立年養老2年(718年)
合祀新堂神社と秋葉神社を合祀(M41.7.2)
社格式内社論社(越前國・敦賀郡・鹿蒜田口神社)、村社、神饌幣帛料供進神社(T4.1.16)
境内社秋葉神社、金比羅神社
文化財等
規模中規模
例祭4月20日
紋章五三桐 現地で確認できず
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』724頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』221頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

 南越前町南部の山奥(南越前町は山ばかりだが)にあって、名前が変わっている。昔はここらへんをカエルゴウとかカイルゴウとか呼んだらしい。

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 1の鳥居

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 遠景

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 やはり野に置け ○○○○(名称不詳)
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八幡神社 (敦賀市五幡)

カテゴリ:敦賀市 [2010年05月28日 09時17分]
1 情報
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福井No.48
名称八幡神社
場所福井県敦賀市五幡84-8
祭神応神天皇
創立年不詳
合祀
社格村社
境内社五幡神社(=式内社、越前國・敦賀郡・五幡神社)
文化財等
規模中規模
例祭9月15日
紋章現地で確認できず
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』239頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』191頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆+
 敦賀市北東部にあって、境内の五幡神社が式内社といわれる。海に面した崖の近くで、木の形がよかった。

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 鳥居

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 前

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 八幡境内
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不具合

カテゴリ:サイト運営 [2010年05月27日 23時43分]
 今日の22時ごろ急に、ウェブログの表示がおかしくなって正常に表示されなくなった。いろいろ試してみたが原因がよくわからない。このまま治らないかもしれない。具体的に言うと、右側のプラグインの表示がおかしい。「最新記事」と「サイト案内」の間に行間が開いてしまっている。どうすれば治るのでしょうか。
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八幡神社 (敦賀市三島町)

カテゴリ:敦賀市 [2010年05月27日 08時11分]
1 情報
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福井No.47
名称八幡神社
場所福井県敦賀市三島町1丁目3-2
祭神誉田別尊・五十日足彦命
創立年不詳だが応神天皇が敦賀に来た時建立したともいわれる
合祀
社格県社(S12.8.18)、神饌幣帛料供進神社(M41.4.26)
境内社稲荷神社、粟島宮、石清水八幡宮、金比羅宮、天照皇大神宮、日吉神社
文化財等×福井県指定 日本刀外装
×敦賀市指定 剣 藤原宗吉作
×〃 大江山酒呑童子絵馬
×〃 北前船図絵馬
規模中規模
例祭5月15日
紋章turugamisimahatimanmon左巴 馬にturugamisimahatimanmon2本殿に 
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』266頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

個人的感興☆
 氣比神宮 (福井県敦賀市)近く、敦賀の町中にある。社叢が乏しいが建物は立派だった。敦賀は昔大谷吉継の領地だったらしい。

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 拝殿

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 牛

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 拝殿内部 大谷刑部
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本当に疲れた 社叢学

カテゴリ:身辺雑記 [2010年05月25日 21時25分]
 最近は物理的にもスケジュールが詰まっている上にいろいろな心労も重なって後頭部の圧迫感が増すように思いますが、土日の神社めぐりを止めた方がよいかもしれないと思った。医者から「これ以上神社を回り続けると死にます」とそろそろいわれるそうな気がする。

 ここらで一回本当に休養を取った方がよいと思う。それにウェブログを更新しても更新してもコメントがつかないので、更新が嫌になってきた。更新した方がよいと思った人はコメントを書いてください。ストックは90社くらいあるが、コメントがつかない場合は意欲がそがれ、大幅に更新が遅れる。

 さて、社叢学という団体を見つけたのだが、→HP社叢学会へようこそ、自分の興味は最近、歴史よりも社叢にあるとわかったので、入会してみようかと思っている。過去記事でもIJ式として、社叢の分類を挙げてきた(→社叢を分類する6つの指標 IJ式)が、それをより詳細にすればひとつの体系になるかもしれない。

 ただし、分類しただけではだめで、そこに法則を見出し、さらに「なぜその法則が成り立ったのか」という部分まで考えないと唯の収集で終わる。素人の趣味だから唯の収集でよい、ともいえるが。

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若狭姫神社 (小浜市遠敷)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月25日 08時18分]
1 情報
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福井No.46
名称若狭姫神社(若狭彦神社下社)
場所福井県小浜市遠敷65宮ノ腰41
祭神若狭姫大神
創立年霊亀元年9月10日(715年)現地に移転、それ以前に創立
合祀 
社格式内社(若狭國・遠敷郡・若狭比古神社 二座・名神大)、若狭国一の宮、
神階正一位(永保元年(1081年))、国幣中社、別表神社
摂末社中宮神社、日枝神社、玉守神社
文化財等○福井県指定 本殿
○〃 神門
○〃 楼門
○〃 社叢
○小浜市指定 招霊木
規模大規模
例祭3月10日
紋章wakasahikokamisyamon本殿にwakasahimemon鳥居に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』322頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』7頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆+
 若狭彦神社 (小浜市遠敷)=上社に対してこっちは下社だが、現在ではふつう若狭姫神社と呼ばれている。境内は広くて、案内の立て札がたくさん立っている。

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 2の鳥居

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 境内

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 大木
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須波阿湏疑神社 (池田町稲荷)

カテゴリ:池田町 [2010年05月24日 23時04分]
1 情報
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福井No.45
名称須波阿湏疑(すわあづき)神社
場所福井県今立郡池田町稲荷12宮の下18
祭神倉稲魂命・大野手比売命・建御名方命・大田命・大己貴命
創立年武列天皇の御代(5世紀末)以前か?
合祀
社格式内社論社(越前國・今立郡・須波阿須疑神社 三座)・県社(M6)、
神饌幣帛料供進神社(M41.4.26)
境内社伊都岐島神社、池田郷御霊社、一里塚神社
文化財等○国指定 須波阿湏疑神社本殿
×〃 能面(天神)
×県指定 能面(中年女)
○〃 〔天然記念物〕 稲荷の大杉
規模大規模
例祭6月10日
参拝月2010.5
紋章suwaadukimon楼門に
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』638頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』326頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆
 池田町は山間の過疎集落だが、意外な大社があってそれがこれ。すわあづきとは「すわ」建御名方+「あづき」大野手比売命という。建御名方が「すわ」なのはわかるが、大野手比売命が「あづき」なのはなぜかというと、当地独自の神で小豆の生産神だかららしい。中世には平泉寺白山神社 (勝山市平泉寺町平泉寺)と関係が深かった。

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 楼門

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 拝殿

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 稲荷の大杉
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大湊神社・雄島 (坂井市三国町安島)

カテゴリ:坂井市 [2010年05月23日 10時52分]
1 情報
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福井No.44
名称大湊神社・雄島
場所福井県坂井市三国町安島23-15-1
祭神事代主神・少彦名神・天照皇大神・伊邪那岐神・伊邪那美神・応神天皇
創立年不詳だが白雉年間(650~)勧請か
合祀 
社格式内社(越前國・坂井郡・大湊神社)、郷社(M8.2.10)、神饌幣帛料供進神社(M41.4.26)
境内社
文化財等○県指定 本殿
○〃 拝殿
規模大規模
例祭4月20日
参拝月2010.4
紋章菱形矢違 現地で確認できず
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』500頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』552頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆☆
 山の中にあるよりも海の近くにある方がよいため☆☆☆。神社を見に行く人間は「曇り+山」か「晴れ+海」の傾向にわかれるが自分は「晴れ+海」になる。大湊神社は雄島の中にあるのとそれと向かい合う海辺にあるのと2社ある。こっちは雄島の方。東尋坊の近く。

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 1の鳥居

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 入口

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 内部
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常宮神社 (敦賀市常宮)

カテゴリ:敦賀市 [2010年05月23日 08時53分]
1 情報
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福井No.43
名称常宮(じょうぐう)神社
場所福井県敦賀市常宮13-16
祭神天八百萬比(アメノヤオヨロズヒメ)神・神功皇后・仲哀天皇
創立年大宝3年(703年)社殿を造営
合祀
社格式内社論社(越前國・敦賀郡・天八百萬比神社)・県社
境内社東殿宮・西殿宮・平殿宮・総社宮 他9社
文化財等×国指定 朝鮮鐘
○県指定 本殿
規模大規模
例祭7月22日
参拝月2010.5
紋章jouguumon十六弁八重菊 jouguumon2桐 両方とも本殿に 他に巴
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』253頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』230頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆
 氣比神宮 (福井県敦賀市)の奥宮で神功皇后が熊襲征伐の際に当社に留まったと書いてある。本殿が凝っていて、社殿横の社叢がかなりよかった。敦賀湾の前で位置的には金崎宮 (敦賀市金ヶ崎町)と向かい合う感じ。天八百萬比は養蚕の神だというが、養蚕が廃れた今では暇なのか?

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 門

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 本殿

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 社叢
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金崎宮 (敦賀市金ヶ崎町)

カテゴリ:敦賀市 [2010年05月23日 08時06分]
1 情報
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 金崎宮前の金前寺
福井No.42
名称金崎宮(かねがさきぐう)
場所福井県敦賀市金ヶ崎町1-1
祭神尊良親王・恒良親王
創立年明治26年4月(1893年)
合祀恒良親王を合祀(M25)
社格官幣中社(M26)
境内社絹掛神社、朝倉神社
文化財等○国指定 金ヶ崎城跡
×敦賀市指定 金ヶ崎経塚出土品
規模大規模
例祭5月6日
参拝月2010.5
紋章kanegasakimon1菊花
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』245頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

個人的感興☆☆
 敦賀市街地北東部の高台にあって、後醍醐天皇の皇子を祀る。明治に創設され、その経緯は藤島神社 (福井市毛矢)と似ているが、格式が官幣中社なのは親王を祀るからか。現地の幟を見ると、最近は戦国時代の史跡として売り出すように、方向性が移行してきているようだ。羽柴秀吉金ヶ崎の退き口、と書いてあった。神籤を引いたら大吉ではあった。

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 2の鳥居

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 本殿

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 高台から見た敦賀港
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敦賀19社-1

カテゴリ:福井県の神社 [2010年05月22日 21時59分]
 今日は午前中は用事があったので、午後から敦賀市の式内社と県社郷社を見に行った。30社くらいあるかと思ったら、実際には19社しかまわる必要がなかった。実はもっとたくさんあるのだが、かなりの数が気比神宮の境内社になっているので、実際は19社まわればよい。

 阿曾の神社からスタート、金崎宮などをまわって、もんじゅ横の白木集落へ行く。白木に行くには一旦美浜町を通らねばならない。入口には警備員がいて厳重にガードされていたが、テロリストを警戒しているのか。

monju

 もんじゅ という外来語を、なぜ日本のエネルギー政策の重要施設につけたのだろうか。神名から取るなら、電力を作るから たけみかづち とか、エネルギーの象徴としての火から取って かぐつち にすればよかった。

 白木の帰りに「手」という集落の式内社へ行き、常宮神社にも行く。今日回った感触からして、敦賀の3大有力神社は気比神宮・金崎宮・常宮神社か。三島町の八幡神社も旧県社ではあるが、社叢に乏しい。気比神宮も社叢に乏しいが、これは空襲を受けた時に社叢が焼失したからだという。社叢があれば観光名所として有力になっただろうから惜しい。

 また、社殿の形式は若狭に近いが、一部に独自の形状をした社殿が見られる。その境目は敦賀なのか丹生郡なのかまだわからない。だが、ここまでわかりやすいテーマであればすでに先人の研究があるはずで、それを見ずに自力で結果を出そうとするのは徒労と言う他ない。
※参考→GeNii http://ge.nii.ac.jp/genii/jsp/index.jsp

 計18社をまわり終えたときには6時半だった。今日は本当に疲れた。だが、福井ではまだ丹生郡(越前と名が付く3つの自治体)が残っているので、(たとい学問的・社会的に全く無意味であっても)けじめをつけるためにまわらなければならない。
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多由比神社 (若狭町田井)

カテゴリ:若狭町 [2010年05月21日 08時04分]
1 情報
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福井No.41
名称多由比(たゆひ)神社
場所福井県三方郡若狭町田井93-2
祭神誉田別命・菅原道真公 ほか9柱
創立年不詳
合祀
社格式内社論社(若狭國・三方郡・多由比神社)、村社、神饌幣帛料供進神社
境内社
文化財等
規模中規模
例祭4月18日
紋章tayuhimon本殿屋根に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』744頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』92頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆
 三方町の中ほどにあって木が大きくてよかった。タユヒ、サキチ、スガマ、シズシ、イムイと若狭の式内社の名前は外国語っぽい。朝鮮の言葉か? 日本の古語かもしれないけど知らない。

tayuhi2
 木

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 境内から
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静志神社 (おおい町父子)

カテゴリ:おおい町 [2010年05月21日 07時42分]
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福井No.40
名称静志(しずし)神社
場所福井県大飯郡おおい町父子46-1
祭神少名毘古名神・菅原道真公・水分神・事代主命・倉稲魂命
創立年不詳だが奈良時代か
合祀垂水神社、三島神社、稲荷神社、天満神社を合祀(M44.11.24)
社格式内社(若狭國・大飯郡・静志神社)、村社(M9.2)、神饌幣帛料供進神社(T14.2)
境内社若宮八幡神社
文化財等○おおい町指定 〔天然記念物〕 スダジイ
規模中規模
例祭10月5日
紋章sizusimon拝殿屋根に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』801頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』69頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

 旧大飯町の山の方にある。境内はわりと広く、木の間から高速道路が見える。

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 1

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 高速

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宗像神社 (小浜市北塩屋)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月20日 23時11分]
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kitasioyamunakata1
福井No.39
名称宗像神社
場所福井県小浜市北塩屋20-11
祭神田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命・火産霊神・大己貴命・少彦名命
創立年不詳
合祀秋葉神社を合祀(M41.1.31)、大川神社も合祀(M41.2.7)
社格郷社
境内社蛭子社・船玉社
文化財等
規模中規模
例祭5月15日
紋章detomoe monsyou右三ッ巴
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』329頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

 小浜市街地北にあって郷社だが普通の神社に見える。「弁天さま」の愛称で親しまれている。

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 1

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 2

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 前
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小濱神社 (小浜市城内)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月20日 22時55分]
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福井No.38
名称小濱神社
場所福井県小浜市城内1丁目7-55
祭神酒井讃岐守忠勝公・天御中主大神
創立年明治8年8月(1875年)
合祀小浜城中に奉祀されていた天御中主大神を創立時に合祀
社格県社(S5)、神饌幣帛料供進神社(M41.4.26)
境内社稲荷神社
文化財等?国指定 九本ダモ
?福井県指定 雲浜獅子舞
規模中規模
例祭5月2日
紋章joutyuuobama若狭酒井剣片喰
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』335頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

 小浜城跡地にあって、小浜藩初代藩主・酒井忠勝を祀る。明治時代に作られた。本殿横に九本ダモという大木があるらしいが、現地で気付かなかった。3枚目の写真に写っているのがそれか? 石川県にある同名の神社として、小濱神社 (内灘町大根布)小濱神社 (志賀町高浜町)

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 境内

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 石垣がある 右に見えるたくさんの枝が出たのが九本ダモ?

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 貼ってあるまんが
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新宮神社 (高浜町和田愛宕山)

カテゴリ:高浜町 [2010年05月20日 08時14分]
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takahamawadasinguu1
福井No.37
名称新宮神社
場所福井県大飯郡高浜町和田愛宕山129-1
祭神伊邪那美命・速玉男命・事解男命
創立年康治2年2月14日(1143年)
合祀境内の事代社に諏訪神社・広嶺神社・稲荷神社・大神宮・天満宮・猿田彦社
を合祀して諏訪神社と改称(M44.4.24)
社格郷社(M4.7)、神饌幣帛料供進神社(M41.4.26)
境内社諏訪神社・愛宕神社・稲荷神社
文化財等○高浜町指定 〔天然記念物〕 イチョウ
○〃 ムクロジ
規模中規模
例祭10月14日
紋章takahamawadasinguumon五三の桐 境内の掲示板に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』796頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

個人的感興☆+
 海辺にあって、境内が広く、大きい木があったのでよかった。式内社ではないのでふつうの人間は見に来ない。そもそも、式内社を見に来る人間もふつうではない。しかし、そこに独自色を出さなければならない。

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 1

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 拝殿から

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 近くの漁港
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若宮神社 (小浜市相生)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月20日 07時53分]
1 情報
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福井No.36
名称若宮神社
場所福井県小浜市相生9-7
祭神応神天皇・神功皇后・毘売大神
創立年承久2年(1220年)
合祀
社格郷社(M4)、神饌幣帛料供進神社(M8.4.23)
境内社蛭子社・天満宮
文化財等
規模中規模
例祭10月8日
紋章kiri monsyou拝殿屋根に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』316頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

 小浜市の山の方にある。主道から見ると下の方。田んぼの中で木が割と大きい。

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 1

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 2

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 目前
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廣嶺神社 (小浜市千種)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月18日 08時54分]
1 情報
tigusahiromine1
福井No.35
名称廣嶺(ひろみね)神社
場所福井県小浜市千種2丁目3-27
祭神素戔嗚尊 ほか9柱
創立年貞観2年(860年)
合祀
社格県社(M8.12.10)、神饌幣帛料供進神社(M41.4.26)
境内社天満神社・白太夫社・疫神社・稲荷神社
文化財等×小浜市指定 廣嶺神社祭礼絵巻 一巻
規模中規模
例祭7月17日
紋章tigusahirominemon五瓜に唐花 拝殿に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』339頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

 若狭高校近くにある。境内に大きな天神社があって、どっちが本社かわからなかった。若狭高校の近くには餃子の王将、回転寿司、本屋などがあって、小浜市一の繁華街のようではある。

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 牛

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 拝殿

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 拝殿額
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佐伎治神社 (高浜町宮崎)

カテゴリ:高浜町 [2010年05月17日 21時50分]
1 情報
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 カシ
福井No.34
名称佐伎治(さきち)神社
場所福井県大飯郡高浜町宮崎59-4
祭神素戔嗚命・稲田姫命・大己貴命
創立年不詳
合祀
社格式内社(若狭國・大飯郡・佐伎治神社)、県社(M8.4)、神饌幣帛料供進神社(M41.4.26)
境内社日吉神社・稲荷神社・広峯神社・御霊神社
文化財等×福井県指定 和鐘(雨乞鐘)
×〃 太刀振
?〃 田植
×高浜町指定 鰐口
×〃 絹本着色沢村大学肖像画
○〃 モミ
○〃 カシ
規模中規模
例祭10月13日
紋章sakitimon橘 拝殿に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』795頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』77頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆+
 ひとけがあったから☆+。サキチとは何かどこにも書いてない。木が大きくてよかった。

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 1の鳥居

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 モミ?

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 前
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八幡神社 (小浜市小浜男山)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月17日 21時22分]
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福井No.33
名称八幡神社
場所福井県小浜市小浜男山10
祭神応神天皇・神功皇后・多紀理比売神・多紀都比売神・市伎島比売神
創立年不詳
合祀
社格県社(M15)
境内社多数(13社程度)
文化財等×小浜市指定 太刀二振(近江守久道)(吉入道宗永)
×〃 放生祭
○〃 木造鳥居
規模中規模
例祭9月15日
紋章otokoyamahatiman1菊花に対い鳩
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』323頁 福井県神社庁 編集・発行H6


2 雑感

個人的感興☆+
 小浜の古い街並みの中にある神社で、藩主酒井氏の庇護が厚かった。『福井県神社誌』で三段にわたる紹介文が書かれていて、その文量が若狭彦神社より多い。背後の山に木がたくさん生えていて、わりと景観はよい。

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 1の鳥居

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 拝殿

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 拝殿
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久須夜神社 (小浜市堅海)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月17日 08時05分]
1 情報
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福井No.32
名称久須夜(くすや)神社
場所福井県小浜市堅海10-4
祭神大己貴命
創立年不詳
合祀 
社格式内社(若狭國・遠敷郡・久須夜神社)、村社、神饌幣帛料供進神社
境内社八幡社・小玉社・天満社・山神社
文化財等
規模中規模
例祭6月11日
参拝月2010.5
紋章kusuyamon1本殿屋根に kusuyamon2拝殿屋根に
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』326頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』32頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆
 小浜の北のはずれにあって廃校の横でわりと景色がよかった。

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 花

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 中

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 まわり
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Черный орел

カテゴリ:福井県の神社 [2010年05月16日 21時36分]
 アップしてもアップしても残り写真数が減らず、まだ90社以上はあると思う。だが、福井でまだまわっていない地域が残っており、それは丹生郡と敦賀郡だが、この2郡だけで式内論社が60社以上あるので、かなり難しい地域になっているけれど、来週の土日でまわる。

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 そこに何か意味があるかといえばまったく、社会的な意味も、学問的な意味もありませんが(趣旨と見る目の無い収集は無意味)、意味がないから、損をするからといって煙草やパチンコを止められる人間があるでしょうか? 人間にはなにかしなければいられないことがあって、それが収集であった場合は他のもの、たとえば身体の健康を犠牲にしても集めなければなりません。
 そして死んだあとは無理解な周囲の人間によって内容が廃棄されますが、そこまで見越したうえで集めることこそ、自らの劫罰を引き受けたことになる。

 一緒に行きたい人がいたらコメントをつければ一緒に行きます(女性の方が良)。ただし、ここ2週間くらい平日のスケジュールが朝から晩まで詰まっている上に休日もいろいろとやることがあって一日たりとも何もない日が無いので、だんだん疲れて苛々してきた。

 あと、Черный орелはチョールヌィイ・オリョールと読みます。
 →http://translate.google.com/?hl=ja#ja|ru|%E9%BB%92%E3%81%84%E9%B7%B2%0D%0A
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若狭彦神社 (小浜市遠敷)

カテゴリ:小浜市 [2010年05月16日 21時05分]
1 情報
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福井No.31
名称若狭彦神社(上社)
場所福井県小浜市遠敷28彦野7
祭神若狭彦大神(彦火火出見尊)
創立年霊亀元年9月10日(715年)現地に移転、それ以前に創立
合祀 
社格式内社(若狭國・遠敷郡・若狭比古神社 二座・名神大)、若狭国一の宮、
神階正一位(天慶3年(940年))、国幣中社、別表神社
摂末社若宮神社・白石神社(境外)・小浴神社(境外)
文化財等×国指定 太刀一振伝宗近作
×〃 詔戸次第一巻
×福井県指定 本殿
○〃 神門
○〃 楼門
規模大規模
例祭10月10日
紋章wakasahikokamisyamon神門に
参拝月2010.5
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』322頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』7頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆+
 ☆☆☆でないのは客観的内容ではなく個人的感興だから。若狭彦大神はもともと若狭の国つ神だったらしいが、のちに彦火火出見尊と同一とされた。若狭彦大明神の四神の御歌「みな人の 直き心ぞ そのままに 神の神にて 神の神なり」。

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 境内

wakasahiko3
 楼門? 神門?

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 中央のスペースは何か
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闇見神社 (若狭町成願寺)

カテゴリ:若狭町 [2010年05月16日 17時17分]
1 情報
mikatakurami1
福井No.30
名称闇見(くらみ)神社
場所福井県三方郡若狭町成願寺字御手洗水12-7
祭神沙本大闇見戸賣命・菅原道真公 ほか15柱
創立年
合祀 
社格式内社(若狭國・三方郡・闇見神社)、郷社(M2)、神饌幣帛料供進神社(T1.8.26)
境内社
文化財等?福井県指定 闇見神社例祭神事
○若狭町指定 ハリギリ一株
○〃 サカキ一株
規模中規模
例祭4月5日
参拝月2010.5
紋章kuramimon1 kuramimon2本殿屋根に
参考文献『御大典記念 福井県神社誌』743頁 福井県神社庁 編集・発行H6
『式内社調査報告 第十五巻 北陸道1』134頁
式内社研究会編・皇學館大學出版部発行S61


2 雑感

個人的感興☆☆
 名前の漢字がよかった。この神社の裏山をずっと登っていくと近江に出るらしい。人気(ひとけ)がないのでポイントが高い。神社にとって人気はマイナスにしかならない。

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 鳥居

mikatakurami3
 階段

mikatakurami4
 境内
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t

Author:t
男性。詳しくは自己紹介で。
mixiの所在
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