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今日の何か 11 【黒丸】 阿奈志神社 (小浜市奈胡)

カテゴリ:何か [2010年11月27日 22時06分]
obamaanasi4
No.11
場所阿奈志神社 (小浜市奈胡)
種別黒丸

 海賊が昔の仲間へ警告をする際、黒い丸を書いた紙を渡した。それを受け取ったものはすぐにその土地から出ていかなければならない。出ていかなかった場合、襲撃されて死ぬことになる。

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蟇股 5 【鵜】 宇波西神社 (若狭町気山)

カテゴリ:蟇股 [2010年11月26日 21時38分]
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木鼻 12 【風神】 三國神社 (坂井市三国町山王)

カテゴリ:木鼻 [2010年11月22日 22時15分]
mikuni7
No.12
装飾名称木鼻
場所三國神社 (坂井市三国町山王)
形状風神

 これは相当めずらしい。わりとつよそうだ。なんかコメントください。
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今日の何か 10 【くま】

カテゴリ:何か [2010年11月22日 01時26分]
turugaazounoturugi3
No.10
場所剱神社 (敦賀市莇生野)
種別くま

 愛称「ハラポン」
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懸魚 5 【ハスと水流】 平泉寺白山神社 (勝山市平泉寺町平泉寺)

カテゴリ:懸魚 [2010年11月20日 23時24分]
heisenjihakusan9
No.5
装飾名称懸魚
場所平泉寺白山神社 (勝山市平泉寺町平泉寺)
形状ハスと水流

 カラハフのウノケドオシでハス。こないだ南越前町のハス公園に行ったら、盛りを過ぎてハスが枯れかかっていた。
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懸魚 4 【クッキー】 敷山神社 (鯖江市河和田町)

カテゴリ:懸魚 [2010年11月17日 23時37分]
sabaesikiyama6
No.4
装飾名称懸魚
場所敷山神社 (鯖江市河和田町)
形状クッキー

 クッキーっぽい。特にブルボンにこういうのがありそう。このゲギョの形状にも正式名称があって、調べればわかるはずだが、しらべないのはしらべたくないから。ここでしらべられるような人間だったら、いまごろ研究者になっていた。

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白石神社 (小浜市白石)

カテゴリ:小浜市 [2010年11月16日 22時10分]
1 情報
obamasiraisi1
福井No.160
名称白石神社
場所福井県小浜市白石
社格
文化財等○市指定 〔天然記念物〕 白石神社の椿群生林
規模面積中規模
紋章現地で確認できず
参拝月2010.10
IJ分類Ba
参考文献若狭小浜のデジタル文化財


2 雑感

個人的感興☆+
 木がりっぱ。今日、「もう神社へは行っていないのでしょう」といわれてしまった。そのとおりで、最近行っていない。情熱のおとろえを感じる。自分は神社がすきというより、ものを集めて整理して、人に見せることがすきなので、だんだん飽きてきたかもしれない。でもほめるコメントがつくとやるきがでるので毎回ほめてください。

obamasiraisi2
 Ⅰ

obamasiraisi3
 Ⅱ

obamasiraisi4
 Ⅲ

obamasiraisi5
 Ⅳ
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懸魚 3 【しだっぽい】 牧井手神社 (越前市深草)

カテゴリ:懸魚 [2010年11月16日 21時53分]
hukakusahiraide6
No.3
装飾名称懸魚
場所牧井手神社 (越前市深草)
形状しだっぽい

 くるんと巻いたところがしだっぽい。ぜんまいを切ると、切り口にこういう模様がある。ゲギョの上についている紋章は抱き葵である。ここは越前市の中心部、つまり越前国府・武生にある。
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手挟 6 【ドラゴン】 御船神社 (能登町小木)

カテゴリ:手挟 [2010年11月15日 00時33分]
ogimihunekai6
No.6
装飾名称手挟?
場所御船神社 (能登町小木)
形状ドラゴン

 タバサミなのかトキョウなのかよくわからない位置にある。ちなみに、龍じみた装飾でも、指の数によって龍かどうかわかるらしい。指がある本数なら龍で、それと違えばミズチであるそうだ。東洋史の教授から聞いた。本来龍は皇帝にのみ許された装飾で、庶民が使うのはとんでもないことだという。
 これはミズチなのか龍なのかわからない。ドラゴンということにする。
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四象限神社属性整理図による神社性質の傾斜測定

カテゴリ:普遍的なこと [2010年11月13日 21時15分]
jinjazokusei2
第Ⅰ象限 現在∧現地 (可視・不可視にわかれる)
第Ⅱ象限 現在∧文献
第Ⅲ象限 過去∧文献
第Ⅳ象限 過去∧現地

 ついに神社の持つ属性を整理する方式を発見したので、これを「四象限神社属性整理図」と命名し、著作権を獲得する。なんかコメントください。

 さいしょ考え付いた時は、これは大変に価値のあるアイデアだと思ったが、実際に作図してみるとたいしたことがなかった。使い道が思い浮かばない。だが、あえて考えることもできる。

 たとえば式内社というくくりは、第Ⅲ象限である。そして、たいていの式内論社は第Ⅲ象限の属性において価値を持ち合わせているだけで、他の象限では優れた属性を帯びていない。たとえば、近所の小さな神社が式内論社だったとする。その神社は式内論社であるということで、第Ⅲ象限の価値を帯びている。しかし、そこは建築が貧弱で、祭礼もなおざりである。また、現在では兼務社で、財源にも乏しい。となれば、第ⅠⅡⅣ象限で乏しい価値しか帯びていないことになる。

 つまり、その神社が持つ価値は、どの象限に偏っているのか、見ることができる。そして、その地域差を計測すれば地域性が見えてくる。A地区には式内論社が多いが、大半の神社の建築は貧弱で財源に乏しい、となればA地区は第Ⅲ象限優越地区である。また、逆にB地区では建築が立派だが、大半の神社に目立った格式がない、となれば第Ⅰ象限優越地区である。これを計測すれば、地域ごとの神社が帯びる性質の違いが表現できる。

 つまり、神社が過去に向けて傾いているのか、現在について傾いているのか、ということである。過去の属性(由緒・格式)で権威づけをしているのか、現在の属性(建築・経営)で権威づけをしているのか、といいかえることもできる。これを、四象限神社属性整理図による神社性質の傾斜測定と名付け、独自のものとするので真似しないでください。あと感想をコメントで書いてください。
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白山神社 (大野市下打波)

カテゴリ:大野市 [2010年11月12日 22時14分]
1 情報
oonosimoutinami1
福井No.159
名称白山神社
場所福井県大野市下打波
社格
文化財等○県指定 〔天然記念物〕 カツラ
規模面積小規模
紋章現地で確認できず
参拝月2010.11
IJ分類Bb
参考文献福井県神社庁HP


2 雑感

個人的感興☆
 やまおくで、かわった木がある。

oonosimoutinami2
 やまおく

oonosimoutinami3
 かつら

oonosimoutinami4
 かつら
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江戸時代の百姓の生活について

カテゴリ:身辺雑記 [2010年11月05日 22時52分]
 神社と関係ないけど最近調べていることについて少し書きます。調べているのは江戸時代の百姓のことです。百姓という言葉を使うのはそうしないと江戸時代の実態を表せないためです。ここで百姓を農民と置き換えてしまうと、農業以外の漁業や林業、鉱業で身を立てていた人たちが抜け落ちてしまい、実態を把握できません。それに平成18年の東京書籍の教科書にも、「百姓」という言葉が使われています(92頁ほか)。

 さて、みなさんは江戸時代の百姓はどのように生活していたと思いますか。規則に縛られ、役人の横暴に耐えてもっとも苦しい生活を送っていたというイメージを持っていますか。それとも自然の恵みを得て、文化的にも豊かに暮らしていたと思いますか。

 前者は50年前の研究のイメージで、後者は最近の研究のイメージです。中学校の教科書記述の変遷をたどることで、このイメージの変遷を把握できます。昭和38年の東京書籍の教科書では、百姓の生活は「もっとも苦しい」と書かれています。それは47年度、59年度の教科書でも変わらず、「もっとも苦しい」の一文があります。ただし、平成9年版ではその記述が削られています。このように、教科書における百姓の生活の記述は、ひたすら苦しみを強調するものから、そうではないものへと移行しています。

taranihu5

 では、百姓の生活は苦しいものというよりは、豊かなものとイメージづけるべきなのでしょうか。しかし、豊かな一面ばかりを強調することも正しくありません。百姓の生活は確かに50年前の研究が描いたほど苦しくはなかったかもしれませんが、やはり統制のもとにあったことは確かなようです。百姓の生活には楽しみや文化もあったが、統制にも縛られていた、と両面の把握をしておくことが重要です。

 また、江戸時代といっても長く続いたから、その中の百姓の生活すべてを一様に把握するのは間違いです。17世紀は新田開発や技術の向上があって、生産力が上がりましたが、農民の生活は苦しかったそうです。対して、18世紀後半には農村にも貨幣経済が浸透してきます。その流れの中で成功したものは豊かな生活を享受できましたが、失敗したものは小作人になったり都市に出ていくなど、悲惨な生活を送りました。このように、江戸時代といっても前期と後期で大きく農村の様子がさまがわりするので、時期ごとに別の理解をしておくことが必要です。

 まとめると、こうなります。
(1) 百姓の生活には文化的な側面もあった。しかし、厳しい統制に縛られていた。
(2) 江戸時代の前期と後期では農村の状態が違う。18世紀後半には階層分化が進んだ。

 「百姓」という言葉を使って、農村以外の居住者をも含んだのに、本稿では農村のみを詳しく取り上げることになりました。これは、農村以外で生活していた百姓の実態について、まだ自分が調べていないためです。



※参考文献
百姓の力―江戸時代から見える日本百姓の力―江戸時代から見える日本
(2008/05)
渡辺 尚志

商品詳細を見る

 百姓の生活について、いろいろな面から最新の研究を紹介している。農村で俳諧が流行ったことを取り上げ、文化的に豊かな生活を送っていたとする記述が印象的だった。

近世農民生活史 (歴史文化セレクション)近世農民生活史 (歴史文化セレクション)
(2006/09)
児玉 幸多

商品詳細を見る

 初版は1957年。『百姓の力』のあとがきで、江戸時代についての必読書として紹介されている。本書で記述される農民の生活は、牛馬のごとく働き、役人の横暴に耐える、といった悲惨なものである。解説で佐藤孝之が、本書の内容は基礎的なものなので今日でも通用するとしている。また、豊かさを強調する最近の風潮に対する警鐘として、農民が統制に縛られていたことを忘れてはならない、とあった。
 確かに豊かさばかりを強調すると偏った印象を持ってしまう。やはり現代よりも厳しい統制に縛られていたことを忘れてはならない。
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t

Author:t
男性。詳しくは自己紹介で。
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