2011.2.20

カテゴリ:サイト運営 [2011年02月20日 23時10分]
 最近は学問的な集まりに出るなどして、知的分野に対する関心が高まった。それを参考としてこれからの方向性を考えたい。

tubaki1

【1】確かに自分は800社の神社をまわって撮影したが、その大部分に資料性はない。資料性はないとはどういうことかというと、建築の細部を確認できるほどの解像度がなく、また特定のもの(狛犬など)にこだわって撮影したということもない。趣味として集めたので、そのあたりの価値は低い。

【2】自分が考えようとしている寂寥度数や没場所性といった概念は、どのように扱うべきなのか。とりあえずそのような場所を集めるということが考えられる。漁港や団地の写真を撮影すべきなのか。また、音の測定や通行者の測定などもすべきなのか。
 データを、規則に沿って集めなければならない。方針が薄い情報を大量に集めても組織だったものにならない。ノートに線を引いていくつかの項目を作り、それを埋めていきながら写真と併せて集めるべきなのか。

【3】ものをあつめることによる他者との関わりの少なさを自覚する必要がある。他者とのかかわりの中で自分の位置づけをする手法(女性と付き合いがある、比較的難易度の高い資格を得た、など)をかなりの人間が取っているが、それに対置される形で、ものをあつめることによる位置づけがありうる。ただし、それは通常の位置づけに対して対人関係が薄く、社会で評価されにくいため、個人的な意味合いが強い。
 またおそらく、当人にとっても代替的なものでしかないため、当人も常に疑問を持つことになる。

【4】無駄さを自覚してあきらめつつやる必要がある。この、寂寥度数とか没場所性というものは、社会的に役に立たない、忌避される分野を敢えて集めるので、社会の役に立つ という考え方とは敵同士になる。それが何の役に立つのか という問いに対しては、常に 役に立たない と答えることになる。それは単にそう答えるのではなくて、役に立つものばかりを求める風潮に対する反感を込めて答える必要がある。

【5】空間に対する個人的な感興や美意識を整理するものであって、社会の役に立てるために作るものではない。むしろ敢えて役に立たないものを目指す必要がある。意図的に、役に立たず、社会の改善や進歩といった方向性と逆向きに作る必要がある。
 それがこれから自分の社会生活上、役に立つかというと役に立たず、むしろ邪魔になる。


 最近ぜんぜんフィールドワークができていないので3月は反省してやりたいと思う。ただ、まだあまり方向が定まっていないので集めようがないというのがある。
 ものをあつめるときに必要なことは二つで、①短期間に、②大量に、集めることが大事である。これは、その報告を受けた者に対して、異常な労力が注がれていることを知らせ、少しでも驚かせるためで、ロケット花火やネズミ花火に近い。


 あと、おそらく自分に十分な学問的研究をするだけの能力はないので、コンパクトにまとめることが必要になる。
コメント (2) /  トラックバック (0)

コメント

たろうどん URL [2011年02月22日 00時10分]

こんばんわ。だいぶ方向性が見えてきましたね。
ただ集めるだけでなく、個人的な意見や印象、考察を入れてほしいです。
独特の鋭い視点があるので、私はいつもアップを楽しみにしてました。

Re: タイトルなし
管理者 URL [2011年03月05日 22時27分]

はじめましてですか。
自分は移り気なのが弱点です。

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