示威行為が少ないと上品

カテゴリ:身辺雑記 [2011年03月24日 21時57分]
20110324

 最近上品さと下品さの違いがわかってきた。示威行為があると下品で、それがないと上品になる。示威行為というのはたとえば自分の優秀さを見せる行動。その程度のことはわかっているという類の発言や、自分の実力の高さを匂わせる発言がそれに当たる。

 自分は同年代の人間の示威行為が大変に気になるのでいつも見ている。そこを、人間だからその程度の自己顕示欲があって当たり前、と見ることができれば許容できるが、自分は自己顕示欲があるのは人間として駄目だと思う。

 貴族制度のよいところは、示威行動をしなくても相手が敬服するところ。血筋で高貴さが決まるので、自分の学歴や職歴・能力を示さなくても相手が恐れ入る。これによって、余計な示威なしに上下関係ができ、物事が丸く収まる。

 相手と身分上で圧倒的な差があるとき、余裕が生まれ、余計なひけらかしをせずとも相手より優位になるため、そこに上品さがある。

 現代の社会で採用されている能力主義の駄目なところは、能力を示さないと相手が恐れ入らないところ。能力を示すというのは大変に下品なことで、さらにその能力を獲得しようとする自己啓発系の言説は、秩序を脅かす不穏な考えになる。能力のめまぐるしい上下があっては安定した上下関係が構築できない。
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コメント

N.H.K URL [2011年03月24日 23時38分] [編集]

ブログ更新お疲れ様です。
自己顕示欲ですか…。
例えば、採用試験などで自己アピールをしなければならない場合、自己顕示欲がどこまで許容されるのか、という点があると思います。
もし、自己顕示欲を出すことがNGで、企業や都道府県に採用されたければ相手にゴマをするしかない。いわゆるコネです。
特に教員採用試験でこれが問題化したが、私はコネよりも自己顕示欲を出す人のほうがまだ良いかなと思いますよ。(白黒がはっきりしていますから。)
貴族制度ねえ。自分が上位層ならいいが、下位層なら…革命だな(苦笑)
万国共通として言えるのは、貴族時代は再チャレンジ・下剋上がほぼ認められなかったから、人々の意欲が減退し社会が停滞したともいえるのではないかと思いますね。
今の民主主義も、イギリスの首相であったチャーチルが言うように「良い制度ではないが、現時点でこれを上回る制度がないから(ベストではないがベターだから)」続いています。能力主義も同じだといえるのではないでしょうか。
仮に私が、この先より良いシステムを見つけたならば…。

これより先は管理人さんの想像にお任せします。
長文失礼しました。

Re: タイトルなし
管理者 URL [2011年03月25日 17時46分]

 このウェブログは夜中暇なときに適当なことを思いつきで書いているのであまり深く考えないでください。
 能力主義はがつがつしているのであまりすきではないという美意識の問題です。

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