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記紀に出てくる能登ゆかりの人物と神社

カテゴリ:石川県の神社 [2011年05月07日 23時50分]
 古事記・日本書紀に出てくる能登についての記述を抜き出した。ただし、それらの記述は全て人名に関するものとなっている。それらの人物にまつわる神社があるのでまとめてみた。読んだ古事記・日本書紀は、角川ソフィア文庫の『新訂古事記』(武田祐吉・中村啓信S52)、講談社学術文庫の『全現代語訳日本書紀 上・下』(宇治谷孟1988)。

【1】 大入杵命(おおいりきのみこと)

『新訂古事記』277頁:三、崇神天皇の項 …「次に大入杵の命は能登の臣の祖先です」
『全現代語訳日本書紀 上』:記述なし

 崇神天皇の子で能登の臣の祖先。現在の中能登町、かつての鹿島郡に下向したといわれる。

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 能登部神社 (中能登町能登部上) …大入杵命を祀る

※若狭にある能登神社 (若狭町能登野字森ノ本)は能登から離れているにも関わらず大入杵命を祀っている。

【2】 四道将軍の一 大毗古命または大彦命 (おおびこのみこと)

『新訂古事記』279頁:三、崇神天皇の項 …「またこの御代に大毗古命をば越の道に遣わし」
『全現代語訳日本書紀 上』126頁:巻第五 崇神天皇の項 …「大彦命を北陸に」

 崇神天皇は畿内から四方に向かって平定のために4人の将軍を遣わした。それが半ば伝説の四道将軍であって、北陸を担当したのが大毗古命である。

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 熊野神社 (中能登町井田) …大毘古命が創建したといわれる

【3】 石衝別の王または磐衝別命 (いわつくわけのみこと)

『新訂古事記』283頁:四、垂仁天皇の項 …「石衝別の王は羽咋の君・三尾の君の祖先」
『全現代語訳日本書紀 上』147頁:巻第六 垂仁天皇の項 …「磐衝別命を生んだ。これは三尾君の先祖である」

 石衝別の王は垂仁天皇の子であって、古事記では羽咋の君(君は姓の一種)の祖先といわれる。

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 羽咋神社 (羽咋市川原町) …磐衝別命を祀る

【4】 能登臣馬身龍(のとのおみまむたつ)

『新訂古事記』:記述なし
『全現代語訳日本書紀 下』211頁:巻第二十六 斉明天皇の項 …「能登臣馬身竜は、敵のために殺された」

 まつわる神社は知らない。
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