1 現象学的地理学、人文主義地理学
地理学というと地誌(地域の総合的記述)と系統地理(普遍的原理の追求)であって、系統地理は、人文地理(地表と人間との関係)と自然地理(自然的地理条件)にわかれる。
さらに、地理学の新しい分野として、現象学的地理学(レルフ)と、人文主義地理学(トゥアン)がある。これは、「人間という主体からみた場所のあり方を問う」[上野・椿・中村『地理学概論』6頁]地理学であって、人間の知覚・感情を中心に場所を見ていく。
計量による図示では抜け落ちてしまう人間の感覚をとらえようとする試みであって、何事も理論化・法則化しようとする科学的志向への反発として発生してきた。
☆エドワード・レルフ『場所の現象学』ちくま学芸文庫1999
・場所を「本物」と「偽物」に分ける。「本物」ではそこに住む人間が場所に働きかけ、人間を主体として場所が構成されている。「偽物」ではそこに住む人間と関係のないお仕着せのものが場所を支配しており、人間は主体的に活動できない。(160頁)
・「偽物」の空間のありようを「没場所性」と呼ぶ。それに対して「本物」は「場所性」を持つ。
・「没場所性」の例として、「キッチュ」という分類がある。これは、ありきたりな俗悪さを持った内容のことである。たとえば、観光地のけばけばしくてありきたりな装飾や雰囲気が挙げられる。
・ほかに「没場所性」として「テクニーク」という分類がある。これは人間不在で工学的に設計された都市計画などを指す。人間の住む箱にすぎない団地、工場など。
☆イーフー・トゥアン『空間の経験』ちくま学芸文庫1993
・場所を人間の経験から見る。人間の種類によって、把握している空間の感覚が違う。たとえばエスキモーの男性は、海岸線を重要視して脳内に留め、空間を把握している。
・客観的な地図とは別に、人間はそれぞれ経験を基にした空間把握を持っている。それを地図に書き表すとすれば、自分と関係のある特定の対象を主に取り上げた地図になる。
・特定の人間に対して重大な意味を持つ場所は他人にとって意味を持たない。
・場所に対する経験を言語化しようとすると、使い古されたありきたりな表現になってしまう。それは経験を正確に反映せず、月並みな印象を与えてしまう。
・文学はそれらの、個人的な場所への経験を正確に描写しようとする。
・「場所」とは個人的な経験が濃密な価値を持っているところで、当人にとってそれが重大な価値を持つ場合、そこに「場所愛(トポフィリア)」が発生する。
2 現象学的地理学、人文主義地理学の方法
人間を中心として地理を見ていく場合に、いくつかの方法がとられている。ここでメンタルマップ(人間の感情をもとにした地図)、テキスト解釈、サウンドスケープを挙げる。
☆メンタルマップ
グールド/ホワイト『頭の中の地図 メンタルマップ』朝倉書店1981
・場所に対する好悪を数値化し、それをもとに等値線を引いてメンタルマップをつくる作業が主である。
・本書では順位尺度という方法を用いる。これは、いくつかの場所に対して、好感度の順位づけをする方法(1位、2位、3位、・・・)である。これに対して、点数付けは間隔尺度(100点~0点)と呼ばれる。
・この手法によって全編を通して空間の等値線による分類がなされる(メンタルマップの作成)。尺度を変えることによって等値線もかわる。自然環境に対する順位付けで作られたメンタルマップと、政治の尺度で作られたメンタルマップとでは、等値線の配置が異なる。
☆テキスト解釈
杉浦芳夫『文学のなかの地理空間―東京とその近傍』古今書院1992
・十数個の文学作品を取り上げ、それぞれを地理的な手法で分析している。
・小説の主人公の行動パターンのマップ化するなど。そこから人間の行動パターンや、場所へのイメージが見える。
☆サウンドスケープ
米田巌・潟山健一訳編『心のなかの景観』古今書院1992 45頁
・定点に録音機を置き、聞こえてくる音の頻度を分類する。
・アンケートを取り、場所への好悪を調べて、音の記録と照らし合わせる。