人文主義地理学の方法

カテゴリ:普遍的なこと [2011年05月26日 22時41分]


 人文主義地理学という分野には、計量地理学への反対者という立場がある。しかし、明確なのは立場だけで、方法が明確でない。そもそも計量できないものをどのように表すのかと言えば、言葉で表すしかない。言葉で伝えたいことを表すとすれば、哲学に近くなる。哲学は何かを言葉で語りつくすことだからである。

 テキスト解釈(小説を地理的に読み解く)という方法は、一見して人文主義地理学に見える。しかし、そこで用いられている手法は計量地理のものであることがある。たとえば、登場人物の行動パターンを図にして示すなど。それは単に人間を、ある種の簡単な法則に従って行動している、とみなしているだけで、計量地理の手法と変わりない。だからこれは計量地理なのである。

 計量地理はあまりにも人間の行動を簡素化している。消費と距離との関係、などを図と式で示すが、それは経済人として最も効率のよい行動を人間が取った時の行動パターンを示すに過ぎない。実際には人間の行動には気まぐれやこだわりが存在し、そのようなパターンを踏むと限らない。

 この計量地理の不自然さを批判して生まれたのが人文主義地理学、現象学的地理学である。場所と人間との関係はそのような簡素な数式であらわされるものではなく、多様な関係を含んでいる。

 ただ、数や式で表記しないのなら、頼れるものは言葉や映像だけである。そのため、方法論が曖昧になっている。 




 だから、人文主義地理学の方法論をひとつ確立するだけでも功績になる。

 人は場所から何らかの印象を受け、感情を持つ。その感情には、好ましいものもあれば好ましくないものもある。そのうち、好ましい印象を受ける土地に相対した時、抱いている感情は正確にいえばどのようなものなのか。たとえば、さびしさ を感じている、と漠然と思っていたとする。だが、その さびしさ とは具体的にどういうものなのか。

 母親が死んでさびしい、という さびしさ と、夕暮れ時のバス停に人がいなくてさびしい、 というさびしさ は別物である。自分が好ましく思うさびしさ は後者の種類である。では、その さびしさ を正確に描写するとすればどういう方法があるのか。言葉でさらに詳しく説明する、という方法もある。

 だが、その感情を引き起こした場所を分析することで、感情を詳しく説明できる。たとえば、自分のさびしさを引き起こしたバス停は、要素に分解できる。まず視覚として、周辺の草むら、バス停、夕暮れの空、… などがある。さらに聴覚として、ヒグラシの鳴き声、… などがある。嗅覚として、草のにおい、… などがある。

 そういう自分と独立して存在しているものの他に、自分の中の経験、自分の体調といった、自分の一身に属している要素がある。

 とりあえず場所を分解することで、自分が感じている感情を引き起こす原因を詳しく描写できる。それは、①人の手が入っているが、②現在は人がいない、… といった感じに分解し、記述できる。それが、さびしさ とイコールである。これは感情を詳しく描写することである。




 このように、人の感情を描写する道具として、景観を使う、という方法論は、人文主義地理学の方法論になる。これを洗練して適用する事例をいくつか示せば研究になる。
コメント (2) /  トラックバック (0)

コメント

懐かしいです。
kagatani URL [2011年06月13日 08時11分]

ありがとうございます。
いいものを聞かせてもらいました。

Re: 懐かしいです。
t URL [2011年06月14日 22時07分]

今 動画サイトで黄金バットが週1で放映されていますよ。
今期アニメの中で最も優れていると思います。

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