自分主義地理学(Meism Geography),ゲーム内地理

カテゴリ:普遍的なこと [2011年09月15日 22時34分]
tuukoudome1

 何か分析しようとか系統立てて整理しようとかいうときに,一番大事なのは自分で,なぜならそれは別に自分が特別な存在だからとか,他人を軽んじているから,とかではなくて,最も継続的に興味が持てるから,という題材としての執着の度合いが強いことによる。たとえば那須高原とかアメリカのプレーリーとか(ここでは適当に取りだしたが)に対して強い執着を持つのは経済的な理由によるとか(分析が金になる),上からの命令によるとか,何らかの外からの強制による動機が考えられるが,自分の軌跡について考えるのは,損得とは別の,内発的な興味による場合がある。

 だから毎日自分のことを考えることができるし,過去への執着や後悔,または人生の恐ろしさという形で自分の行状が想い起こされるのなら,そのとき自分が占めていた場所の属性についでに視点を広げたならば,場所の属性を扱う,という地理学の内容になるため,これを「自分主義地理学」(Meism Geography)と呼ぶことができる。

 人間を中心に地理を扱うといいながら,他人の分析ばかりしている人文主義地理学とは一線を画する概念として自分が考案したので,真似しないでください。

 李斯という人の話に,ネズミは住む場所によって様子が違ってくるというものがある。便所に住むネズミはおどおどして痩せており,米蔵に住んでいるネズミは堂々として太っていることから,人もそれと同じで居る場所が大事なのだという教訓が出てくる。

 場所という概念の属性を,そのように社会的な階層や地位にまで広げて,それを地理と呼べるのならば,さらに自分を地理的に分析することになる。たとえば大学生ばかり住んでいる安アパートに居る自分であれば,そのような属性を持っている。もっと進めて言うと,自分という動く者も,地理の構成要素であり,それは例えば岩山が10万年周期で北から南へ動くことによって地理の様相を変えるように,瞬時にして入れ替わる地理の要素として自分がある。

 また,このとき重要になってくるのが,「ゲーム内地理」(Geography In Game)であって,自分の意識が占めている場所は必ずしも地表上のものではなく,ゲームのROMカセットやパソコンのサーバーの中のものである場合がある。オンラインゲームのMAPが計量主義地理学の手法によって記述可能なのはすぐわかるが,そのほかにも,アクションゲームの1地点すら地理的情報を蓄えており,それを自分の意識が占めているというのであれば,自分とのかかわりで地理を記述することができる。

 これは切実なことで,たとえば自分とかかわりの無い遠くの地理よりも,ゲームのマップのどの地点でどのような展開があり得るのか,のほうが重要な地理的問題となる。
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