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鳥屋比古神

カテゴリ:祭神 [2009年10月08日 19時00分]
toriyabiko1
No.1
神名鳥屋比古(トリヤヒコ)神
祭祀社名鳥屋比古神社 (中能登町春木)
相殿大穴牟遲命・埴安命・句句廼遲命・加具土命・金山比古命・水波能賣命

1 記載の収集
記載は適宜、旧字を新字に改めています。

能登郡一青之庄御鎮座成玉ひ、年数一千八百有余年ニ相成申候、往古、竹津浦・鹿島路之湖水ニ毒蛇住て人民を害ス、依而尊神毒蛇を降伏仕玉ひ候時、其矢落テ羽坂ト曰、是一青之庄也、…(中略)…、
当社に桜之紋用者、社地之内二ツ之池有り、是ヲ行水之池と云、又池の辺ニ鳥屋塚と申塚有り、為ニ大木之桜有テ其脇ニ細キ流有リ是ヲ桜井と云依而尊神之神詠、我やとす千本の桜花さけは植にし人の身も栄ひなん、
(1)


又羽坂村に鳥屋比古神社立給ふ、御神体は金の鶏の由。神主高木氏也。市姫の社あり。一宮御神輿所の口より御帰座の時、一宮神主上指の鏑矢一筋北の方へ放つ也。(2)


縁起等先年紛失仕由ニ而、只今者無御座候故、開闢者知不申候、…(中略)…、貞享二年九月十日(3)


邑傳ニ、中古マテ鳥畠邑・羽坂邑トテ両村アリ、是神名ヨリ起タル邑名ナリト口碑ス、(4)


古事記上巻に、爾天鳥船神副建御雷神而遣。是以此神降列出雲國伊那佐之小濱而云々。とありて、神名式に出雲國出雲郡鳥屋神社。風土記に、同郡鳥屋社とある神社は、則天鳥船神を祀り。今鳥屋村といふ処に鎮座すといへれば、此能登なる鳥屋比古神社も同神ならむか。…(中略)…、天御鳥神なるも知らず。所造天下大神は大穴持命なれば、能登國にはよしあるべし。(5)


◇参考文献
(1) 「文化三年五月神社由来書上帳」著者の記載無し
所載は『鳥屋町史』若林喜三郎・編/昭和30年 鳥屋町・発行 中の714頁
(2) 『能登名跡志』88頁 太田頼資・著/安永6年 日置謙・校訂/昭和6年 石川県図書館教会・発行
(3) 『加賀能登神社由来書上』(神道大系編纂会が加賀藩の保有資料を編纂したもの)
所載は『神道大系 神社編三十三』神道大系編纂会・編/昭和62年 神道大系編纂会・発行 中の「加賀・能登國」271頁
(4) 『石川県神社誌(加賀能登式内神社等調書)』森田平次・著/明治7年 より
所載は『神道大系 神社編三十三』神道大系編纂会・編/昭和62年 神道大系編纂会・発行 中の「加賀・能登國」73頁
(5) 『能登志徴 上編』314頁 森田平次・著/昭和13年 石川県図書館教会・発行

◇その他参考文献
※ 推奨『鳥屋町史』100頁、112頁、116頁 若林喜三郎・編/昭和30年 鳥屋町・発行
※ 『式内社調査報告』316頁 式内社研究会・編/昭和60年 皇學館大學出版部・発行
※ 『石川県神社誌』358頁石川県神社庁編集・発行S51
※ 境内の石版『鳥屋比古神社御由緒』著者・設置年月記載無し
※ 石川県神社庁HP内 鳥屋比古神社

2 所感

 旧鳥屋町にあって式内社といわれる鳥屋比古神社の祭神。『能登志徴 上編』314頁で森田平次が無理矢理に天鳥船神(日本書紀)、天御鳥神(出雲国風土記)に結び付けているが、牽強付会であろう。資料における名称の一致ばかり頼りにして、離れた土地の祭神を結びつけるのではなく、もっと現地の実情に則して考えるべきだ。

 『鳥屋町史』には「鳥屋比古を実在の人物とすれば彼はこのような族長の一人であつたろう。」(101頁)として、鳥屋比古が弥生時代に鳥屋の人々を指導していた族長の名称であった可能性を示している。この解釈の方が名前の由来としてはよほど素直である。

 また、『鳥屋町史』では、「国造時代以来の氏族として鳥屋氏の存在が考えられる。その祖先を祀つて鳥屋比古神社とし、しばしば郡司や郷長になった家柄であつたのではないか」(116頁)としている。とりあえずここでは、鳥屋比古神の興りを当地の指導者一族関連と考えておく。そう考えた場合、鳥屋比古神のモデルとなる特定の人物がいたという考えと、特にモデルとなる人物なしに一族総体の守り神として鳥屋比古神が考え出されたという考え、両方の可能性がありうる。

 興りはそれとして、鳥屋比古神の神績について知りうることはごく少ない。わずかに、「文化三年五月神社由来書上帳」に、当地の人民を苦しめた毒蛇を射殺したとあるのみである。これからして性格は勇壮で土地の開拓・障害の排除に積極的な指導者的性質を持っていたのであろうと推測できる。この、毒蛇を退治するという話は、気多大社の祭神、大己貴命の話と似ている。鳥屋比古の神話が大己貴の神話に流用されたのか、それとも、その逆なのであろうか。

 また、御神詠に「我やとす千本の桜花さけは植にし人の身も栄ひなん」、と桜の開花に重ねて人々の繁栄を約束している。

 以上から、指導者として土地の障害を排除し、住民の繁栄を約束する、当地の守り神という性質を考えておくのが妥当と思われる。「文化三年五月神社由来書上帳」によれば紋章は桜である。
sakura monsyou
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