能登の祭神について調べる際の課題

カテゴリ:石川県の神社 [2009年10月10日 22時12分]
 2つの祭神について調べてみたが、考えるについて必要な知識が足りないと思った。まず、有力氏族の氏神、という説明が出てきたが、古墳時代の能登には、どのような有力氏族がいたのか知らないといけない。七尾・鹿島に能登臣、羽咋に羽咋君がいた、ということはおぼろげに知っている。

 また、能登の有力氏族と大和政権の皇族との関係も知らないといけない。もしも大和政権と能登の氏族が緊密な関係を持っていたのならば、大和の神話の神が能登に強い影響を与えても不思議ではない。どの程度の関係だったのかよくわからない。

 羽咋の羽咋氏の開祖は、垂仁天皇の皇子、磐衝別命(いわつくわけのみこと)とされている。だとすれば、羽咋氏は文化的にも大和の強い影響下にあったのだろうか。しかし、Wikipediaによれば垂仁天皇の事跡は史実性が疑わしいという。だとすると、その皇子が羽咋氏の開祖というのも史実性が疑わしいのだろうか。

 そこらへんのことを知っておかないと、祭神の由来について判断ができない。普通に考えれば能登の祭神が大和と同一であるとか、皇族を祀ったものであると書かれていても疑いたくなるが、羽咋の有力氏族の開祖が皇族である、とすれば能登と大和政権の関係は深いのだろうか、とも考える。羽咋・鹿島郡あたりの古代史をある程度知らなければならないし、そのためには羽咋・鹿島郡の古墳を知ることも必要だろう。

 ただ神社の祭神について調べようとするだけでも、かなり知らなければならないことがある。
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