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バリ島へ行ってきました

カテゴリ:身辺雑記 [2011年08月27日 21時40分]
baritou

 夏なのでバリ島へ行ってきました。コテージでトロピカルドリンクを飲み,クルージングで魚と戯れ,ポリネシアンダンスを見てきた。(嘘)


 あと,この動画が面白いと思う。
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さびしさの効用

カテゴリ:身辺雑記 [2011年07月05日 20時49分]
oonosimoutinami2

 さびしさ ということは、情景のみならず、人間関係の希薄さも含むが、それが避けがたいものであるならば、解消の方向に力を使うよりも、それをずっと見続けている方が気がまぎれることがある。
 それで、さびしさ について書かれた本について。

①エリックホッファー『エリック・ホッファー自伝―構想された真実 』
 港湾労働者として働きながら哲学をしたホッファーの自伝で、人間関係は壊滅的に希薄ながらも、精神生活は強力に展開できることを示す。

②中島義道『カイン』
 人間には二種類あって、額に刻印を押された側(旧約聖書のカイン)であれば、劫罰を受けて死ぬまで孤独の中にあるしかない という内容。
 他に中島義道は『孤独について』で大学院の指導教官からのイジメを書き、『ウィーン愛憎』で孤独な海外生活を書くなど、社会性の低さに特徴がある。

③マルクスアウレリウス『自省録』
 人間には身の回りのことはどうにもできず、気の持ちようだけがどうにかできる と書いてある。気の持ちようを訓練していかなる場合も平静を保つようにし、他人をどうにかしようという考えは捨て、自己を改善しようという心持すら捨てることで、平安な心持になる。

④スタインベック『二十日鼠と人間』
 あからさまに社会不適応のため孤独な人間が死ぬはなし。


 このように、さびしさ 孤独について書かれたものを見続けていることで、何か見えてくることがある。それは、どうあっても毎日は苦しみであって、しかしそれを見続けることで内容を引き延ばし、他人の鑑賞に堪えるひとまとまりのものとして提示できるということ。
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場所と自己理解

カテゴリ:身辺雑記 [2011年07月03日 20時41分]
 プルーストの「失われた時を求めて」に、庭の敷石にけつまづいたことによって幼少時の記憶がよみがえる個所があるが、そのように、過去の記憶は場所によって記録されている。情報は人間の内部にあるというよりは、外部に半分依存している(アフォーダンス)という考え方も似ている。他に、嗅覚や味覚によっても記憶が思い出されるという描写が「失われた時を求めて」にある。

 このように、自分の過去の記憶を理解するためには、場所についての記録や、実際にその場所に行ってみることが役に立つ。地理は場所を扱うので、場所を通じた自己理解ということは地理の内容になる。また、その場所の記録と自己理解の過程を連続して書けば、自叙伝になる。ふつうの自叙伝は、散文(ふつうの文章)で書かれているが、場所の記録と随想を連ねていけば、散文の代わりに場所データを用いた自叙伝となる。

 ここまではいいが、重要なのは、場所をどのように分析し、さらに過去の記憶をどうまとめるかである。地理学には「景観」という概念がある。フンボルトの景観概念は植生を一瞥のもとに捕える、といった概念なので、あまり自己分析に役立たない。植生の一望よりは、むしろ①景観の要素を分解して、そのそれぞれに自分はどのような印象を持つのかを書く方が役立つ。

 また、過去の記憶については、②場所と関連づけた想起を散文で書く。それを①に付記する。それらを連ねていけばある程度の形をなすはず。

 改良するとすれば、①の要素分解である。地理的に場所を分析する味方として、さまざまなものがある(「等質地域」「時間地理学」「歴史地理学」など)が、むしろそのような、自分自身と関連しない複雑な要素を持ち出さず、自分の視覚や聴覚と言った一身に属しているものを取り出して分析することが必要になる。

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 まず第一段階として、どのような場所を扱うか、リスト化する。さらに、その場所を実際に尋ねてみることが必要になる。また、思い出したことの書き出しや、場所の分類も行う。
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ジェイン エア

カテゴリ:身辺雑記 [2011年06月25日 21時22分]
C・ブロンテ『ジェイン エア』河野一郎訳 中央公論社1994

1.あらすじ

 19世紀のイギリスでのはなし

(1) ちいさいとき

 両親を亡くしたジェイン エアが伯母の家で虐待される。家から追い出されて、寮制の学校へ行く。最初は待遇が劣悪だが、後で改善される。そこで教育を得て、家庭教師としてソーンフィールド館へ行く。

(2) 家庭教師

 ロチェスター氏のソーンフィールド館で、養女の家庭教師をする。ロチェスター氏と相思相愛になる。ロチェスター氏に告白されて、結婚式を挙げそうになるが、ロチェスター氏に気の狂った妻がいて、屋敷に軟禁されていることがわかる。結婚は同義的に許されないと考え、ジェインは館から出ていく。

(3) いとこ

 3日間放浪して、助けを求めた家で世話になる。その家には牧師の兄一人と妹二人がいる。生活のために小学校の教師をしていると、海外に居た伯父が死んで、遺産が入ってくる。それと同時に、助けを求めた家のものたちが、ジェインのいとこだったとわかる。

(4) おわり

 いとこから告白されて、結婚してインドで一緒に宣教師をしようといわれる。いとこは労働力としてのみジェインを求めていることが明白なので、拒否する。ロチェスター氏の屋敷に戻ると、火事によって狂人の妻が死に、ロチェスター氏は片手がなくなって盲目になったとわかる。ロチェスター氏のところに行って、結婚する。

2.感想

・容姿はいまいちだが教育があるジェインエアが、金持ちの旦那から好かれる話で、容姿がいまいちだが学のある女学生の共感を呼ぶ内容。
・展開に不自然なところがいくつかある。偶然助けを求めた家の家族が、のちに主人公のいとこだったとわかるところなど。
・キリスト教的道徳と、恋愛を最重視する考えとの対立がみえる。キリスト教的道徳を最も重視しているのが、インドへ布教に行くセントジョン(ジェインのいとこ)で、恋愛を最重視しているのが不具になってジェインと結婚するロチェスター氏

・彼女をつくることで男が幸せになる、という筋書きなので、幸せになる為には彼女をつくらねばならないことがわかる。
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ことばで語りつくすこと

カテゴリ:身辺雑記 [2011年04月16日 20時58分]
 中島義道という哲学者(哲学研究者ではない)があって、それによると、哲学とはことばで語りつくすことである。これがわかっているだけでずいぶんとわかったことになる。

 それで、自分は別に哲学をやる気はないけれど、あいまいなことばをつかうべきでないと思っている。たとえば、さびしさ や 寂寥感 ということばで志向を表そうとしても、それはたいへんに粗雑なことばなので正確に把握できない。

 そこをxy軸の4象限で表したり、ベン図で表したりするのも、やはりかなり粗雑なかんじはまぬがれない。より詳細にみていこうとすれば、それは個別の事例を大量に集めることによってそれなりの傾向を見出すことによる。

 というわけで、そういうものについての文章を集めることになる。

死をポケットに入れて死をポケットに入れて
(1999/02)
チャールズ ブコウスキー

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かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)
(1967/09)
チェーホフ

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静かなドン (1) (岩波文庫)静かなドン (1) (岩波文庫)
(1959/01/25)
ショーロホフ

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バナナチップ

カテゴリ:身辺雑記 [2011年04月11日 22時55分]
 すごくどうでもいいことだけど、ここ3日くらいバナナチップを一日一袋食べている。一袋250グラムで、100グラム500キロカロリーだから、1250キロカロリー取っていることになる。
 あと4月の後半の土日に、奈良の吉野へ行って適当に神社を見てくる予定なので、参加したい人はコメントを書いてください。自分はわりと気さくなほうです。

 3月には鞍馬山に行ったり
kuramatengu
 ※鞍馬天狗

 竹生島に行ったりした
tikubusimamihon

 どこに行ってもカップルばかりだった(特に京都)。
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高校の文集に寄せた文章

カテゴリ:身辺雑記 [2011年03月27日 23時00分]
 たいへんにひまなので昔の文章をアップロードします。高校の時、学校でつくる文集に書いたもの。この頃は世界史と日本史の暗記ばかりしていた。日本史と世界史に限って言えば、自分は高校で1,2を争う位置にいたが、その趣味が高じて文集に寄稿するにいたった。


趣味的歴史紹介 
                      
 この文の趣旨は趣味的な見地から歴史上の事物をご紹介することです。内容はそこらにある書籍に拠っています。ですからそれほど目新しいことが書いてあるわけでもありません。お暇でしたらご覧になってください。

一 王の横顔

 美男王とは何者でありましょうか。実は中世ヨーロッパ史に名だたる明君フィリップ四世の異名なのです。
 このように中世ヨーロッパの君主で英明愚昧に関わらず強烈な個性を持っている者は異名または通り名を持っています。たとえば禿頭王、肥満王、赤髭王などわかりやすいもの。また尊厳王、獅子心王などその厳かさ雄々しさを称揚せんとするもの。さらに欠地公子、邪悪王といった誹謗中傷の類までその命名法は多種多様。
 それにしてもわずか三、四文字の名が付くだけで片仮名と序数の羅列に過ぎなかった君主達が俄然個々の性質を帯びてくるではありませんか。例を挙げますに勇壮無比にして覇者たる矜持を持つ様子を彷彿とさせる獅子心王。その業績より身体的特徴の方が後世によく伝えられ、それがおかしみを誘う禿頭王。離間、篭絡何でもござれであっただろう邪悪王などなど。
 彼らの姿をより興味深い形で脳裏に留めておけるこれらの知識を蓄えるのも面白いと思うのですが。

▼閑話

 蛇足ながら名前の話をもう一つ。羽柴秀吉の名字の由来といえば織田家の重臣丹羽と柴田から一文字ずつもらい受けたのである、と。この説はよく巷間に流布しておりクイズ大会でも頻出問題。しかしながら由来に関しては今一つの説があるのです。羽柴は端場だ、家臣団の末席をけがさせていただきますという意味合いを持っているのだというのがその今一つでして。信憑性はともかくクイズ大会でこれを答えとして用いれば物議を醸すこと間違いなし。反骨漢を以て任ずる方には是非お試しいただきたい。

二 昭和の喧騒

 とかくあらゆる分野に人気と不人気、流行りすたりが見て取れますが史学とて例外ではありません。広く世の興味をひく部分とあまり取りざたされない部分があります。
 日本史を例にとって見ますと、策謀渦巻く戦国史や、若者が涼風の如く世を一過する明治維新などは非常な人気を集め、書店では関連する書籍が山と積まれています。この手のことが好きな方々の知識は精緻を極め、ここかしこでそれを披露される熱の入れよう。何とも活気があります。
 しかし、あまり取りざたされない部分も魅力が無い訳ではありません。ここではその内の一つ、昭和初期の歴史がいかに興味深いかをご紹介致しましょう。

 昭和初期は日本が軍国主義に傾倒していった暗い時代であったという記述はよく見受けられます。教科書で学ぶ内容も国家総動員法の制定や、思想、言論への弾圧、アジア諸国への侵略と抑圧など気の滅入るようなものばかりです。その為この時代の歴史は好まない方が多いでしょう。
 ですが、また違う面から見てみましょう。この時代は人物史華やかなりし頃。抑圧された世の中で輝く個性は穏やかな時代のそれとは格が違います。

 全くこの時代は、頭山満がアジアの志士たちをかくまうわ、出口王仁三郎が満州に乗り込むわ、女衒士村岡伊平治が東南アジアを飛び回るわ、甘粕正彦が関東州で暗躍するわ、大川周明が東条英機の頭を叩くわ、そうかと思えば安部定が猟奇事件を起こすわ、夢野久作がドグラマグラを上梓するわ、木村鷹太郎が奇説を唱えるわ、またあちらではバロンサツマが金をばら撒くわ、ついにはゾルゲがやって来るわで日本情勢も複雑怪奇で奇人変人怪人魔人が跳梁跋扈しているのです。

 このような見方はただ面白がるだけの無責任な態度ではありますが、常に歴史に肩肘を張って向かい合わねばならないものではないでしょう。

三 世界残酷物語

 さても地獄を何処ぞと問えば、娑婆と言うのがそこいらあたりじゃ、義理と人情に挟まれて、生きたながらのカスガイ地獄。
 と浪花節めいた出だしで始めましたが、何も義理と人情に挟まれずとも娑婆にいくらでも地獄は現出してきているのです。
 忌憚なしに語れましょうか、カンビュセス王の籤にまつわる故事を、エルブ―ルズに拠ったニザール派の内実を、黒死病が猖獗を極め鳥頭の医者が行き交うロンドンをば。
 こんなことを得々と述べるのはあまりいい趣味とはいえませんので、ここらで止しにしましょう。

※四 と 五 もあるが略す。読みたかったらコメントしてね。
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連続講座 『日本書紀』を読む

カテゴリ:身辺雑記 [2011年03月25日 17時52分]
 近頃はかなり暇なのでどうやって時間をつぶすか考えている。明日は福井市立郷土歴史博物館に行って日本書紀の講座を聞いてくる。大体一月に1回のペースでやっているようだ。一月前も聞きに行った。その時の聴講者は高齢者ばかりだった。今回もきっと高齢者ばかりだと思う。

 あと、県立美術館で島田墨仙展にも行ってきた。タダ券が手に入ったから。2人まで入場可能だったので、誰かを誘おうかと思ったが、誘うあてがなくて一人で行った。感想としては正当な日本画というよりはマンガのような人物が描かれていた。特に彫りの深い顔立ちがマンガっぽかった。孔子像・釈迦像・基督像もあった。

 明日の1時から郷土歴史博物館へ行くので、一緒に行きたい人はついてきてください。

 詳細→http://www.history.museum.city.fukui.fukui.jp/tenji/index.html

 あと来週の土曜日には竹生島(琵琶湖に浮かぶ孤島)へ行って寺を見てくるので行きたい人はコメントで参加表明してください。自分はわりと気さくなほうです。

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t

Author:t
男性。詳しくは自己紹介で。
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